16. 第二関門
はい、次の日。
朝と言って差し支えのない時間に、シャルルは再びやってきた。
「ナディア嬢、おはようございます。今日も、お美しいですね。」
シャルルは隙のない笑顔で挨拶をした。
うん、今日も王子様。
「ええ、よくいらっしゃいました、殿下。お待ちしておりました。」
儀礼的な言葉を棒読みで言う私を見て、シャルルは楽しそうだ。
私はしらっとした顔で昨日の東屋に案内をした。東屋にはもうカイルとアルフレッドが来ていた。
ハンナにお茶を入れてもらった。
うん、今日も美味しい。
シャルルの従者にはまた控室に下がってもらった。
「今日もカイル殿とアルフレッドが一緒なんですね。」
カイルは全く隙のないシャルルの笑顔に、背筋が凍るような気がした。
「ナディア様に同席するよう言われました。」
「ええ。私が呼んだの。アル君もね。だめだったかしら。」
「いえ。・・・これが今日読んで頂くものです。」
一枚の紙をシャルルはナディアに渡した。
ナディアは受け取りながらシャルルを見た。
「ねぇ、仮面は置いてきてねって言ったじゃない。あなたの身分より低い私がこんだけ砕けているのよ。不敬罪って言われても言い訳できないくらいにね。まだ14の坊主らしくしていいのよ。誰も見てないし。ああ、カイルとアル君がいるけど、空気だから気にする必要ないわよ。」
紙をひらひら揺らして言うと、シャルルは困ったように笑った。
「あなたは思った以上に気遣いの細かい方だよね。お言葉に甘えるね。僕の書いたものを読んで。」
「あら、一気に砕けたわね。普段は『僕』なのね。うん、なんかそれっぽい。『俺』って感じじゃないものね。かわいくていいわ。」
「かわいい、なの?求婚中だからなんか複雑だね。」
「ほら実年齢で四つ、中味的に六つ違うと、とーってもかわいく見えるのよ。」
私はにやっと笑ってみた。ちょっと悪女なお姉さんっぽくないかな。この子、腹黒だけど悪い子じゃないし、私みたいな訳の分からない女より、もっといい子と幸せになるべきよね。さっさと諦めてくれないかなぁ。
「それじゃ、存分にかわいがってね。」
シャルルは屈託のない笑顔で言った。
そう一見屈託のない無垢な笑顔。うん、腹黒ボンボン、一筋縄ではいかないわね。
さて、かわいがる、かわいがる・・・そうね、こうかな。取りあえず頭を撫でてみた。
おお、さらさら。気持ちがいい。このサラサラ感、癖になるわぁ。
夢中になって、シャルルの髪の感触を楽しんでいると、シャルルが固まって微動だにしなくなったことに気付いた。あれって思って、顔を覗き込むと、どこか分からない中空を見つめ、ぎゅっと膝の上に置かれた手を握りしめていた。そして頬や耳が赤く染まっていた。
シャルルの顔に私は顔を近づけて聞いた。
「どうしたの?」
「うわぁ!」
はっと目に生気が戻り、真ん前にあった私の顔に気が付き、シャルルは体を後ろに引いた。
「ああ、大丈夫そうね。じゃ、これ読むわ。」
「は、はい。」
シャルルは座り直して、お茶を啜った。
カイルとアルフレッドは言った。
「「無自覚なたらし・・・。」」
今回シャルルが持ってきたレポートは、読んでいて中々心が揺さぶられるものだった。こんなに奇想天外なことを言う女は、普通は奇人変人、頭の狂った女以外の何物でもないだろう。それを受け入れたカイル、アルフレッド、ソフィアは結構というか充分というか、この世界における変わり者の部類だろう。私としては、ありがたい人たちだ。だって、私がいくら物語やゲームの世界に居るって言ったって、バッドエンドだからリセットしてやり直し、とか、物語が終わったから、はい、ここで終わりね、っていう訳にはいかないだろう。頬をつねれば痛いんだ。私は生きている。生きている以上、幸せとまでいかなくとも平穏に天寿を全うしたい。
あれ、そう考えると王子が味方というか、理解者っていうのは、かなりいいんじゃない?権力者、大事じゃない?金髪バカと縁が切れた今、第三王子との縁は結構お買い得じゃないの?カイルもアル君も言っていたものね。
それにしてもこの子、本当に努力家なのよね。14歳でこれだけ書けるということは、それだけの勉強をしてきたって事よね。三番目だけど、お兄さんを支えようとしているのかな。頭の回転も速いし、多分体も鍛えている。いい子でいるだけじゃぁ、王子家業はやっていられないだろうから、多少のあざとさや腹黒さは仕方ないんだろうね。生きる術だよね。私の読んだ物語でも、王宮という魔窟で生きていくには駆け引き的なことは必須って言うのが多かったよね。ここが何の世界か分からないけど、大なり小なり似たようなことはあるだろう。
それに、元居た世界で14歳と言えば中学二年生。中二男子なんて、部活やったり、ゲームやったり、遊んでいたよね。この世界の14歳は、ずっと大人だね。
中坊かぁ。大学生女子的には、中坊に告白されても何らときめかないよね。まぁ、告白されたことなんて全年齢でないけど。
それにさ、西条リカは初恋もまだで、彼氏いない歴イコール実年齢で、男性経験皆無なお子様だったんだよね。二十歳なんてそんなものだよね。あれ、遅いのか?いや、どうなんだろう。興味がないわけではなかったけど、女子高、女子大って女の園の住人だった私は極端に男性と知り合う機会がなかった。でも女の園に居たのだから耳年増ではあった。
さて、さて、どうしたものかな。
カイルから受けた説明によると、この世界では18から22歳までに結婚するのが普通らしい。それは男性も女性も変わらないらしい。ナディアは18歳だから、結婚適齢期真っただ中だ。
結婚かぁ。
政略結婚にしろ、恋愛結婚にしろ、結婚するからにはお手手つないでランランラン、という訳にはいかないだろう。私だってそれくらいわかる。貴族として跡継ぎになる子をなすというのは、一番大事な妻としての仕事の一つだよね。分かっている、分かっているわよ。それくらい。
ああ、金髪バカが相手でなくて良かった。アレとじゃ、手を繋ぐまでが我慢のギリギリラインで、抱きしめられたら鳥肌の上、蕁麻疹も出るかもで、キスとなったら吐くかもで、その先となったら死んだほうがましで(実際は簡単には命を捨てないけど)舌を噛み切るかもしれない。(もちろん金髪バカの舌だ。)
うん。どうせ結婚するなら、キスをしてもいい相手とにしよう。




