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馬車に揺られてフォレストラー侯爵の元に売られていく私。
ガタゴトと馬車が揺れる旅に、椅子からお尻が跳ね上がる。あまり質の良くない馬車の乗り心地は最悪だ。それもこれも、私がロビンソンに婚約破棄をされたからに他ならない。
婚約破棄をされた伯爵令嬢。
私の評判は地に落ちている。カンタータ伯爵家は今は不名誉な噂で持ちきりだ。
悪いのは浮気をした相手に本気になってしまったロビンソン。けれども、世間は婚約者を繋ぎ止めておくことができなかった私に落ち度があると思われている。
ロビンソンの浮気は私の所為だというのだ。
「……許せないわね。」
ロビンソンのことは大きな子供としか思えなかった。それが表面に出ていたのだろう。だからロビンソンも他の女の元に行ったのかもしれない。
まあ、あのロビンソンを男として見れるかと言われたら……婚約破棄されるとわかっていてもとてもではないけれど無理だ。
「フィラーレ様。でも、旦那様もあまりに酷いですっ。」
一緒についてきている侍女のメアリーが、唇をとがらせた。私は、馬車の窓から外を睨みつけていた視線をメアリーに向ける。
「……そう?」
私の口から乾いた声がこぼれ落ちた。
「そうですっ!いくらなんでもフィラーレ様が婚姻されるというのに、ついていく侍女が私だけなんて……。フィラーレ様は正真正銘のカンタータ伯爵家のご令嬢なんですよ!!それなのに、侍女が私一人だなんて……どれだけ旦那様はフィラーレ様のことを馬鹿にしているのかと思うと私は……私は……。」
メアリーは亜麻色の髪を振り乱して両手で目元を押さえながら涙を流す。
ポタポタとメアリーの薄い緑色のワンピースに染みが広がっていく。
「伯爵家に泥を塗ったから仕方ないわ。」
「でもっ!それはフィラーレ様の所為ではありませんっ!!」
「そうね。でも、私も努力が足りなかったのかも知れないわよ?」
口の端を上げてメアリーに告げれば、メアリーは「そんなっ!」と声を上げた。
「フィラーレ様は完璧な婚約者を演じられておりましたっ!いつもロビンソン様に振り回されていても、笑って応じられておりました。フィラーレ様のようにお心の広いお方でなければ、ロビンソン様の婚約者はとてもではありませんが務まらなかったと思っております。ロビンソン様は本当に伯爵令息なのかと思うほど、教育がなっておらず。恥知らずにもほどがありますっ!!」
メアリーは今までのことを思い出して興奮しはじめたのか、どんどん口調が熱くなっていく。目元を手で隠すことも忘れて拳を振り上げると、真っ赤に泣きはらした目と視線が合う。
「メアリー。泣きすぎよ。婚約破棄をされて死に神と結婚することになったのはあなたではなくて、私よ?」
私よりもメアリーの方が怒って泣いてくれているので、私の心は冷静を保てている。まあ、最初は呆然としたけれど。
ポケットから折り目のついたハンカチを取り出すと、メアリーの目元を拭う。
「フィラーレ様っ。」
「いいのよ。私は。それに、お父さまは何かを私に隠しておられた。この結婚にはなにか裏があるのよ。でなければ、お父さまがあんなに震えているわけはないわ。いつも飄々としているお方だもの。あれほど無様に震えていたのにはきっとなにかわけがあるのよ。」
お父さまは馬車に乗った私を黙って見送ってくれた。その表情はいつものように飄々としていたが、握りしめた拳が小刻みに震えているのを私は見逃さなかった。
お父さまはなにも言わないけれど、隣にいたお母さまは目がウサギのように真っ赤になるまで泣きはらしていた。ハンカチで目元を押さえていたけれど、お母さまの目は泣きはらした目をしていたことを私は覚えている。
「……フィラーレ様には誰よりも幸せになって欲しいんです。」
「ええ。メアリーの気持ちはわかっているわ。ありがとう。メアリ-。さあ、もう着くわ。涙をしまいなさいな。」
そう言いながらメアリーの肩をトントンと叩いたところで、馬車が止まった。
私は、不躾にならないように馬車の窓から外に視線を向けた。
視線の先にはこじんまりとしたお屋敷が建っていた。
ーー私の家の方が大きいわね。ここは、本当にフォレストラー侯爵のお屋敷なのかしら。
不思議に思いながら辺りをジッと見回す。
そこで私は気づいてしまった。
馬車が止まったというのに、誰も私に声をかけてこないのだ。もちろん、馬車のドアが開けられる気配もない。
外でなにかあったのだろうか。
「フィラーレ様っ!なにをっ!?」
馬車のドアに手をかけると中からドアを開けた。
通常、自分からドアを開けるのは無作法だと言われている。
厳しい躾を受けて育った私の暴挙にメアリーは声を上げたのだ。
「しっ。ちょっと様子をみてくるわ。」
「それはフィラーレ様のなさるようなことではありませんっ!」
「いいのよ。」
メアリーの制止の声も聞かずに私は馬車のドアから外を見回して誰もいないことを確認すると馬車から飛び降りた。
トサッ
と軽い音を立てて地面に降り立つと、馬車に隠れるように辺りを伺う。
先ほどまで馬車を操っていた御者どこにもいなかった。
まわりはのどかな森に囲まれている。鬱蒼とした様子はない。そして、森の中には先ほど馬車の窓から見た屋敷が建っているだけだった。
御者は私たちを置いてどこにいったのか。
「えっ?」
そして私は気づく。
私は馬車に乗ってきたというのに、馬車を引いていた馬がいないのだ。
このまま馬車に乗っていても馬車は動くことはないだろう。
「フィラーレ様っ!!」
あたりを注意深く見回していると、メアリーが馬車からぎこちなく降りてきたところだった。私は、メアリーに手を差し出して、メアリーの身体を支える。
長時間馬車に乗っていたために腰に力が入らないのだろう。
「馬がいないわ。私たち、ここに置き去りにされたみたいね。」




