小部屋の光
物語もいよいよ終盤のため、残りは2話ずつ更新します。
「ここってこんなに窮屈でしたっけ?」
夜の王女宮。小さな明かりひとつでもじゅうぶんな程度に、その部屋は狭かった。
サーシャがローラに連れられて出仕した日に、初めてカイと会った部屋だ。
新設された縫製室の一角に移って以来、サーシャはこの部屋に足を踏み入れたことはなかった。
「まあ今は半分物置きになってるからな」
カイの言うとおり、ただでさえ狭い室内に、大きな花瓶や季節外れのついたてなどが置かれている。
カイは窓際にあった横長のチェストにぞんざいに腰掛け、目線で隣を指し示す。サーシャは少しだけ逡巡してから、一人分を空けて座った。
静かな室内。遠くからは扉を開け閉めする音や、ときおり女性の歓声が聞こえる。お輿入れの準備は今がまさに佳境だ。
「カイさん、時間大丈夫でした? 勝手に指定しましたけど……」
「別にいい。今でないとだめな用件なんだろ?」
──ああ、この人はいつもそうだった。
いつもサーシャの考えを察して、何でもないことのように先回りしてくれる。
「……布のことは、ちっとも覚えなかったのに」
一緒に仕事をした日々を思い出して、つい言葉がこぼれ落ちる。同時に笑い声も漏れてしまった。
「あのなあ……覚えなかったんじゃない。あんたがいたから覚える必要がなかったし、な」
一瞬何かを言いかけたカイが言葉を飲み込む。
そしておもむろに体の向きを変えた。
こちらを向いたカイの手には、眼鏡があった。
サーシャは思わずカイの顔を見るが、暗くてよく見えない。
「カイさん、眼鏡……」
「俺はもともと、別に目は悪くないんだ」
「でも、好きでかけてるって」
いつかの会話を思い出す。あれは確か、お仕着せの生地の選定をしていたとき──
「あー、布のツルツルだか何だかって話してたときだったか。あの頃はまだ眼鏡がないとダメな時期だったな、そういえば」
どきりとした。
あんな何気ない会話を覚えていたカイに鼓動が速まる。
「やっぱり目に合ってなかったんですか。じゃあどうしてって、聞いてもいい?」
「……情けない話だが、財務にいたときに、その……人の顔が見れなくなったんだ」
カイは顔を覆った。苦しそうな声だった。
しかしすぐさま首を振り、一呼吸整えるとまたサーシャに向き直る。
「あんたにしょうもないことばかり覚えられてると嫌だからな。最後くらい、眼鏡を取って向き合いたかった」
それは、あまりにあっけなく告げられた『最後』だった。
あやうく聞き逃しそうになって「え?」と間の抜けた声が出た。
「カイさん、知ってたんですか?」
サーシャの声が震える。
「私が、隣国へ行くこと」
「え?」
カイの声が小部屋に落ちた。




