商会にて
「それじゃあサーシャさん、よろしくお願いします」
サリシャのハンカチを調達するため、サーシャはローディック商会へと赴いた。
『布のことならサーシャさんに任せておくのが一番ですから、じっくり選んできてください』
そう言うライナスだったが、実は家族への顔見せのための計らいだというのは、部屋付きの侍女はみな知っている。
リゼなどは、馬車で往復一週間もかかる郷里まで職務として向かうよう命じられたこともあった。
ライナスの人徳というものは本当に計り知れない。サーシャは常々そう思っている。
サーシャの場合、王宮の近くに商会兼自宅があるため家族にはよく会っている。
それでもやはり賓客対応という仕事で商会を訪れるのは、少し面はゆく、そして誇らしいものがあった。
商会の扉を開けると、いつものように番頭が真っ先に顔を上げる。すぐに他の者も顔を上げて笑顔になった。
「お久しぶりです。今日はどうなさいました?」
「ライナス卿のご依頼で、サリシャ生地のハンカチを受け取りに来ました」
少しかしこまってツンと答えるサーシャに、みなが口々に話しかける。
「上級侍女様、どうぞこちらへ」
「王宮は大変ですか?」
「戻ってきてくださる日をみな待ってますよ」
変わらない温かさに胸がじんとする。
「ありがとう」
みなの顔を見回して礼の言葉を口にしていると、奥の階段からスタンリーが姿を見せた。
「サーシャ。よく来たね。比較的手ざわりの良いものを厳選したが、実際に触れて確認してくれないか」
父について奥の部屋へと向かう。サーシャは受付のみなに小さく手を振って歩を進めた。
そのときだった。
たった今サーシャが通ってきた入口がにわかに騒がしくなった。
誰かが止めるような声。早足の靴音。次の瞬間、聞き覚えのある鋭い声が飛ぶ。
「メリンダ! ここにいるのでしょう!」
久しく聞くことのない声だった。
振り返ると、ミカエラが扉を開けて向かってきていた。
背筋を伸ばし、怒りに頬を紅潮させ、周囲を見渡している。その視線がサーシャを捉え、瞳がゆっくりと見開かれる。
「……サーシャ」
身を固くするサーシャに気づき、スタンリーが厳しい声をあげる。
「門番! 彼女は出入り禁止のはずだ!」
そして静かに告げた。
「丁重にお帰り願え」
ミカエラの声にあの日の状況が蘇る。
あの、光と影を同時に見た日。
しばらく動けずに、ただ呆然としていたサーシャだったが、ミカエラが入店した時の言葉を思い出し、弾かれたように声を上げた。
「ミカエラ様! メリンダをどうするつもりですか!」
別室へと移り、ミカエラとサーシャ、スタンリーの三人となった空間に重苦しい沈黙が落ちる。
最初に口を開いたのはスタンリーだった。
「ミカエラ。君にはもうここに来るなと言ったはずだ。『ローディック姉妹』が揃わなくなった今、メリンダがここにいるなどとなぜそう思った」
「それは……家令に聞いたのよ。メリンダが少し前にここに来てたって。今日だって女学校に行ったまままだ帰らないのよ? 最近はあの子寄り道が多くて、御者も口を割らないし」
「口を割らないって……そんな言い方ないと思います。メリンダは一人で出歩いてはいけないんですか?」
サーシャの問いかけにミカエラは目を吊り上げる。
「あなた、本当に口のきき方がなっていないわね! 王宮で少しばかり評価されたからって何だって言うのよ。私たちよりも優れているとでも思って──」
「ミカエラ」
だんだんと速さと大きさを増す声を遮って、スタンリーが静かに呼びかけた。
「前から思っていたんだが、君はなぜそんなにもうちの娘に辛く当たる?」
ミカエラは口をつぐんだ。
その返答次第で何かが大きく崩壊する。この場にいる誰もにその予感があった。




