ハンカチ
「ニックって、呼んでくれないんだね」
寂しそうに笑う表情には、あの頃の弾けるような明るさはない。
けれどその顔つきも声も、サーシャの知るニックのままだ。
少し前に『今なら普通に話せるかな』と考えていたけれど、こうまで唐突な再会は予想していなかった。
驚くサーシャの手に、彼は桃色のハンカチを握らせる。そして少し屈んでサーシャの顔を覗き込んだ。
「初めて会った時と、反対だね」
ニックはパッと体を起こし、一歩身を引いてからにこりと笑った。
「ハンカチ、返せて良かった」
その笑顔は二年前とどこかが違っていた。どこが、とはわからない。
隙のない微笑みを浮かべて、サーシャを見ている。
「久しぶりだね。元気そうで安心した」
「ええ……ニック様も」
「僕、外務部にいるんだ。君がライナス卿についているなんて驚いたよ。やっぱり君はすごい人だ」
以前と同じ話し方。そこに青年らしい落ち着きが備わって、彼の感情が見えなかった。
「……ありがとうございます」
「じゃあ、またどこかで」
彼は笑顔のまま悠然と去っていった。
普通に話せた、のだろうか。
思っていたものとはどこか違う再会に、サーシャの心に一粒の影が落ちた。
ある日、ふと気づいた。
同じ部屋付き侍女であるリゼの髪に、サリシャのリボンが飾られない日が増えたことに。
少し前までは毎日のように着けていたはずなのに、最近では時々しか見かけない。リボンを着けている日には、そこに手をやって物思いにふけっていることもあった。
「サーシャさん。リゼさんのサリシャのリボン、最近あまり登場しませんね。あのキラキラとした光の粒子が見られなくて、少しさみしいです」
やはり織物好きのライナスも気になっていたようだ。
「あの美しい生地を、リゼさんがもったいないと出し惜しみをしてしまう気持ちもよくわかります。私の織物コレクションの中から、サリシャの生地を少し彼女に分けてあげるべきでしょうか。
私も惜しくはあります。このまま母国へ一枚物として持ち帰りたいのはやまやまです。ですが、それでリゼさんが喜ぶのなら──」
ひそめていたライナスの声がだんだん大きくなり、サーシャは慌てた。
「リゼさんのリボンは彼女の気分で選んでいるんですよ、きっと。サリシャがお気に召したのでしたら、サリシャのハンカチを手配いたしておきますね」
サーシャのとりなしにライナスは満足そうに頷いている。
賓客との日々も気づけばあと数ヶ月。
困惑ばかりの毎日だが、終わりが見えるとそんな時間も名残惜しく思えるから不思議だ。




