噂
一日の業務を終え帰り支度に向かおうとしたサーシャを、ローラが呼び止めた。
「サーシャちゃん。少し耳に入れておいたほうがいいと思って」
いつもの親しみのある口調だったが、その声音はわずかに低い。
「あなたが作ったお仕着せが、盗作だって噂が出回っているの。王宮の外から来た人を中心にね」
盗作──強い言葉に思わず息が止まった。
サーシャの衝撃を察したローラはすぐに言葉を続ける。
「王女宮の人たちは経緯を知っているから気にしなくていいわ。ここではみんなあなたに感謝こそすれ、そんなこと信じていないもの。ただ、何も知らない人があなたにどんな感情を向けるかわからないから、一応知っておいてもらいたくて」
ローラの痛ましそうな表情が、その噂がある程度広がっていることを物語っていた。
──王宮で広まってるなら、貴族にも噂が……?
噂、評判。
それが商会にどれほどの影響を与えるのか、身にしみて知っている。
すぐに商会へ問い合わせたサーシャのもとに返ってきた便りは、スタンリー直筆のものだった。
『影響は出ていないから気にしなくてよい。むしろ騒がないことが最善』
落ち着き払った文面に、いくぶんかは安堵する。
けれど前もそうだった。今大丈夫でも、今後どうなるかはわからない。
不安は消えないまま、数日が過ぎた。
所用で王宮に出向いたサーシャは、一人の女性に廊下で声をかけられた。
「あなたサーシャさんよね?」
見知らぬ女性だった。自身と似た年頃だが、その顔に笑みはない。
「私、この間まで女学校にいたの。メリンダさんから直接聞いたのよね。ここのお仕着せ、メリンダさんと一緒に考えたって」
従妹の名と告げられた内容に一瞬頭が真っ白になるが、息を吸ってどうにか答えた。
「……それは本当です。子供の頃に一緒に遊んだことを思い出して作りました。でも──」
声がわずかに震える。
「本当にあの子が、メリンダがそう言っていたのですか? 二人でお仕着せを考えたと?」
女性は少しだけ視線を逸らした。
「そこまでは言ってなかった、けど。でも、二人で思いついたことをあなただけの手柄にするのって、ズルくない?」
静かに、けれどはっきりとサーシャは言った。
「それをメリンダから直接言われたなら、私は彼女と話します。私たちの思い出を盗ったと断じられるのは、彼女だけです。あなたではありません」
女性は何かを言おうとして、結局何も言わずに、けれどひと睨みだけを残して去っていった。
言いたいことは言った。
けれど胸の奥には、砂粒が広がっていた。
本当にメリンダが?
彼女がどんな話をしたのかは、今のサーシャには確かめようがない。
それでも、もしメリンダが望むなら。
お仕着せが二人の思い出から生まれたものだと公にしてもいい。謝罪だってする。
けれど、それに意味はあるのだろうか。
廊下を歩いていると視線を感じることが増えた。ひそやかな声と、サーシャを見て途切れる会話。
そんな時は自分の足音だけがやけに響いた。
気にしないようにしても、心が重い。
──カイさんなら何て言うかな。
『俺には聞こえない』
『そんなこと気にするだけ無駄だ』
『あんたは胸を張ってろ』
全部サーシャの中の想像だ。
もし本当に、今あの人の声を聞いたなら、少しだけ泣いてしまうかもしれない。
だから、今は想像の中でだけ会えたらそれでいい。
その日の夕刻、母から手紙が届いた。
入っている紙は一枚。書かれた内容も短いものだった。
『メリンダが会いたがっているわ』




