備品庫の出来事
本日3話更新です。よろしくお願いします。
ニックの友人に追われ、サーシャが無意識にたどり着いた場所。それは縫製室──の隣の備品庫だった。
しんとした室内に、サーシャの息づかいだけが短く響く。
なかなか息が整わないサーシャを、カイは急かすでもなく見守っている。
やがてサーシャがひとつ深呼吸をしたのを機に、カイが切り出した。
「なあ、何があった?」
サーシャは今起きたことを説明した。
彼らは貴族子息で正式に招かれて来ていたこと。昔の知り合いに会ってやってほしいと言われたが断ったこと。危害を加えようとはしていなかったことなどを、順を追って話した。
カイはサーシャの腕を握ったまま、話をじっと聞いていた。
サーシャが話し終えると、カイは空いている方の手で自身の髪をかき回し、空気をすべて吐ききるように大きく息をついた。
「あんた、本当に危なっかしいな」
それから下を向いてぼそりと続ける。
「……だからどこにもやりたくなかったんだ」
心が跳ねた。
その声は、あまりに弱かった。
落ち着いていた鼓動がまた速くなって、サーシャは言葉を探した。
静かな室内に二人の呼吸の音だけが満ちる。何秒、あるいは何分経っただろうか。
不意にカイの手が離れる。
彼は開いた手を一瞬見ると、固く握りしめた。
「もう大丈夫か?」
それが誰への問いかけなのかわからないまま、サーシャは頷いた。
広間に戻ると、交流会はまだ続いていた。
あの子息たちはすでに戻っていて、サーシャを見ると気まずげに、けれど何か言いたそうにこちらを見ている。
しかしもう彼らが話しかけてくることはなく、交流会が終わるとサーシャはライナスとともに部屋へと戻った。
「帰りが遅いようでしたが、何かありましたか?」
部屋に帰る途中ライナスに話しかけられたサーシャは、自身の不調法を詫びた。
「以前関わりのあった方々と、少々話をしておりました。持ち場を離れて申し訳ありません」
「そうでしたか。あなたを私に預けてくれた方々に申し訳が立ちませんからね、何かあったらまわりを頼ってください」
「スタンリーさんに、前の部署のみなさん、それにローラ女史にも叱られそうですね」ライナスは指折り数えながら話を続けていたが、サーシャの頭の中には先ほどのカイの言葉ばかりが響いていた。
『……だからどこにもやりたくなかったんだ』
そういえば、とサーシャは思う。
彼のか細い声を聞いたのは、いつぶりだろう。
出会った時は、なんて声の小さい人なんだろうと思った。話している相手のことを見ないで、ぼそぼそ話す人。
でもいつの頃からか声がはっきりして、目も合うようになって、彼がいると安心して──
「行ってこいって、言ったじゃない」
小さな独り言がこぼれた。




