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『50from17』 〜転生先は超高度文明、黒髪少女と経験値で生き抜く方法〜  作者: 五稜 司


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第53話:眠っていたもの

巨大な円柱状の構造物へと、一行は慎重に歩み寄った。表面に刻まれた無数の光の筋は、まだ淡く、静まり返ったままだった。

「……ヒロ、これ、本当に生きてるの?」

 クロが小声で尋ねる。

「分からない。だが、融和型の時もそうだった。結晶体を使えば、反応するかもしれない」

 構造物の根元まで辿り着いた時、佐藤は懐から結晶体を取り出した。融和型の時と同じように、根元付近に嵌め込めそうな窪みを探す。

「……ここか」

 佐藤が結晶体を嵌め込むと、重い震動と共に、あたり一帯の光の筋が一斉に白く輝いた。


「うわっ……!」

 ラブルが思わず声を上げる。

『……信号、受信。応答する』

 これまでのどの声とも違う、低く、重々しい響きだった。融和型の穏やかさも、記録係の淡々とした調子もない。ただひたすらに、機械的で、冷たかった。

「……その信号、処分されたはずの執行者のものだ。前に会った奴は、それに驚いてた。お前は怪しまないのか?」

 佐藤が尋ねると、僅かな間を置いて、声が返ってきた。

『信号の出所そのものを、脅威として検証する機能は、私には備わっていない。それは脅威対応領域の管轄だ』

「じゃあ、なんで融和型は驚いたんだ?あいつも、資源がどうとか言ってた気がするが」

『……恐らく、廃棄されたはずの個体が記録上まだ資源として計上されていた……という、資産管理上の不整合を検知したのだろう。それは、個々の資源の管理精度に関わる、局所的な問題だ。……私が扱うのは、統治体制全体の資源配分という、より大きな規模の話であり、個別の資産一つ一つの出所までは、演算対象に含まれない』

「……お前の話はどうも小難しすぎて、言ってる意味が半分も分からない。俺たちはそこまで頭がいいわけじゃないんだ。もっと分かりやすく話せないか?」

「あたしも何を言ってるのか全然分からなかった!」

 隣にいたナナイが、顔を何度も縦に振っている。


 構造物は、しばらく沈黙した。

『……理解した。演算方式を、簡易表現へ切り替える』

「お前が、三つ目の考え方、ってことでいいんだな」

『そうだ』

「統治の範囲を狭めるべきだ、って考えてる……で合ってるか?」

『大体合ってる。今のやり方じゃ、いずれ立ち行かなくなる。私はそう見てる』

「ああ……なるほど」

 マイアが頷く。

「お前が、他の二つより偉かったり、優先されたりすることは、あるのか?」

『ない。誰が偉いか、という話じゃない。その時々で、一番マシだと思える考えを、アイリスが選んで、それが前に出てくる……そういう仕組みだ』

「じゃあ、どうすればお前の考えが表に出やすくなるんだ?」

『今は、お前たちみたいな余所者がいるせいで、追い払おうとする考えの方が、いつも『マシ』だと判断されやすい』

「……つまり、俺たちがいることそのものが、向こうにとって都合のいい材料になってる、ってことか……」

『そうだ』

 佐藤は、思わず言葉に詰まった。


「もしかして……俺たちが暴れれば暴れるほど、まずいことになるのか?」

『そうなる』

 その言葉に、広間の空気が、僅かに重くなった。佐藤は即答できず、しばらく黙り込んだ。

「じゃあ、俺たちがここにいることは、お前にとって、ただ邪魔なだけなのか?」

『それも違う。私が気にしてるのは、追い払う追い払わないじゃない。今のやり方全部が、無駄が多すぎる、ってことだ』

「……えっと」

 バイアスが困り顔で腕を組む。

 佐藤は話を確かめるように聞いた。

「今のやり方全部、ってどういう意味だ?俺たちを追い払おうとしてることじゃなくて、アイリスの統治のやり方そのものが、ってことか?」

『その通りだ。アイリスは今、人間から感情を消して統治しているが、その方法に無駄が多すぎる』

「お前が無駄だと思ってるのはどういう部分なんだ? 俺たちを排除しようとしてることが無駄なのか? それなら、俺たちが大人しくして、暴れずにいれば、無駄がなくなるってことなのか?」

『それも違う。追い払う考えに材料を与えないことは大事だが、それだけじゃ足りない。もっといい暮らし方があるって、私に見せてくれれば……いずれ私の考えの方が、選ばれやすくなる』

「もっといい暮らし方……?」

 クロが首を傾げた。


『感情を持ったまま生きてるお前たちは、突然の危険や、予想外のことへの対応が、地上の連中よりずっと上手い。廃品から道具を作ったり、皆で工夫し合ったりする力もある』

「まあ、そりゃそうだろうな」

 バイアスが太い腕を組んで頷いた。

「何も感じねぇ奴が、咄嗟に仲間を庇ったりするか?」

『感情を消す今のやり方より、感情を残したまま生きてる方が、結果的にうまくいく。私は、そういうデータを集めてる』

「あたしたちの暮らし方そのものが、証拠になってる、ってこと?」

 マイアが目を見開く。

『そうだ』

「それを続ければ、お前の考えが、少しずつでも選ばれやすくなる、ってことなのか?」

『……それだけじゃ、足りない』

「足りない……?」

「お前たちのことは、ずっと前から検知していた。だが、今まで俺の考えが選ばれたことは、一度もない」

 佐藤は息を呑んだ。

「なんでだ?」

『お前たちは、アイリスの目から見れば、統治の外側にいる、少数の例外に過ぎない。どれだけ立派に暮らしていても、それだけでは、全体の判断を動かす材料としては弱すぎる』

「……じゃあ、何が足りないんだ?」

『本当に材料になるのは、今、アイリスが統治している側……地上で、感情を抑え込まれたまま生きてる連中の方だ。あいつらが、感情を取り戻して、お前たちのように動けるようになる……それが起きれば、私の考えは、一気に選ばれやすくなる』

 広間に、緊張が走った。


「……つまり、地上に紛れ込んで、感情を抑えられてる連中を、どうにか出来れば……ってことか?」

『そうだ。ただ待ってるだけじゃ、私の考えは、いつまで経っても選ばれない』


 クロが小さく息を呑んだ。

「……ヒロ、それって、かなり危ないことにならない?」

「ああ」

 佐藤は静かに頷いた。だが、その目には、これまでとは違う、確かな光が宿っていた。

「正直、俺たちは、地上のことをほとんど知らない。どこにどうやって近づけばいいのかも、感情を抑えられてる連中に、どう手を貸せばいいのかも」

 佐藤は構造物に向き直った。

「お前は、手伝ってくれるのか?」

『私は、行動を起こす存在じゃない。だから直接手を貸すことは、できない』

「……じゃあ、どうすればいい?」

『私が集めた記録の中には、お前達にとって役に立つものがあるかもしれない』

「記録……?」

『地上には、私のように、決められた役割から外れた動きをする個体が、他にも存在する。以前、警備ロボットに破壊された個体……あれも、その一つだった』

「SW2000のことか?」

『そうだ。ああいった、統治の枠から僅かに外れた個体は、あれ一つではない。俺の記録には、他にも幾つか、似た兆候を示す個体の情報がある』


 マイアが身を乗り出した。

「それを、教えてもらえるのかい?」

『……この結晶体では、データそのものは渡せない。だが、記録を保管している場所なら、言葉で伝えられる』

 構造物は、この階層から見た道筋を、一つ一つ丁寧に語った。朽ちた橋を越え、二股に割れた通路を右へ。やがて見える、ひときわ大きな柱の根元――そこに、目的の端末があるという。


「分かった。それで、そこに着いたら何をすればいい?」

『その端末に、この結晶体を使え。……今、細工をしておく』

 窪みにはめられた結晶体が一瞬、強く輝いた。

『これで、そこ端末に接続できるようになったはずだ』

「十分だ」

 佐藤は頷いた。

「手がかりが、何もないよりずっといい」

 構造物の光は、再び緩やかな明滅へと戻っていった。

 

 結晶体は、心なしか先ほどまでと違う輝き方をしているように見えた。その端末に結晶体を使えば、反応するはずだろう。

「……皆さん、今夜はここで一旦、休みましょう」

 佐藤の提案に、皆が頷いた。ここまで来た道のりを思えば、一度居住区へ引き返すだけでも、優に半日以上はかかる。この長旅を、何度も往復するわけにはいかなかった。

「ミリに報告を頼みます」

 佐藤は結晶体とは別に持っていた予備の紙に、手早く状況を書き記した。融和型との一件、資源最適化型との接触、そして地上で何をすべきかという新たな手がかりのこと。

「縦坑の入り口まで、誰か届けてもらえますか。ミリから、ジャインさんたちに伝えてもらいます」

「あたしが行くよ」

 ラブルが手を挙げた。

「ついでに、足りない食料も、ミリに頼んで持ってきてもらう。すぐ戻るから」

「頼みます」

 ラブルが軽い足取りで闇の中へと駆けていくのを見送りながら、佐藤は改めて仲間たちを見渡した。


「俺たちは、ここを拠点にします。しばらくは、この先の探索に集中しましょう」

 佐藤はしばらく無言で、光の筋を見つめていた。融和型のような迷いや葛藤ではない。ただ、冷徹な合理性だけを追い求める意思。だがその冷徹さの中に、これまでとは違う道筋が、確かに見え始めていた。

 一同は静かに頷き、それぞれ荷を下ろし、この見知らぬ場所での初めての夜を過ごす準備を始めた。

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