第54話:柱の根元
ラブルが発ってから、佐藤たちの体感で、一日以上が経過していた。
「……ラブル、遅いね」
クロが心配そうに闇の奥を見つめる。
「そろそろ戻ってきてもいい頃なんだが……。もう少し待ってみよう」
佐藤がそう言った矢先、遠くから軽い足音が近づいてきた。
「ただいまー!」
ラブルが、大きな麻袋を背負って戻ってきた。
「ミリに報告、ちゃんと届けたよ。ジャインさんたちも心配してたけど、『無理はするな』って伝言だった。あと、これ、食料と、予備の布」
「助かります。ありがとうございます」
佐藤は麻袋を受け取りながら、ラブルの顔を覗き込んだ。
「道中、何か変わったことはありませんでしたか?」
「んー、特には。ただ、縦坑の中ほどで、前より足場が緩んでるとこがいくつかあったよ。帰りは気をつけた方がいいかもね」
「分かりました。皆さんも、覚えておいてください」
その日は、麻袋の中身を分け合い、皆で車座になって腹を満たすことになった。
「これ、干し肉? 久しぶりだな」
バイアスが嬉しそうに齧りつく。
「アスラさんが焼いてくれたパン、まだ柔らかいよ」
ラブルが得意げに袋を漁る。
「明日、あの端末とやらに向かうんだろ? サトウ」
バイアスが顎を拭いながら尋ねた。
「はい。今日はゆっくり休んで、明日改めて出発しましょう」
佐藤の言葉に、皆がそれぞれ頷いた。ナナイが焚き火代わりのランタンの灯りを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……あの白い人形みたいに、アイリスの言いなりにならない機械が、他にもまだ地上にいるかもしれないなんてね。ちょっと信じられないよ」
「でも、もしいたら、心強いよね」
マイアが小さく笑う。その夜は、久しぶりに緊張の緩んだ、静かな時間が流れた。
翌朝、一行は改めて出発した。
構造物が語った道筋は、決して易しいものではなかった。朽ちた橋は今にも崩れ落ちそうで、渡る際には一人ずつ、慎重に体重をかける必要があった。
「うわ、揺れる……!」
ナナイが両手を広げてバランスを取る。
「大丈夫です、ゆっくりで構いません」
佐藤は先に渡り切り、対岸から手を差し伸べた。ナナイがその手を掴み、なんとか渡り切る。
「……ふん」
少し離れた場所で、その光景を見ていたクロが小さく頬を膨らませていた。
「クロ、どうした?」
「別に!何でもない!」
そう言いながらも、次に自分の番が来ると、クロは佐藤の手を借りずに、軽々と橋を飛び越えてみせた。
橋を越えた先、教えられた通りに二股の通路を右へ進むと、瓦礫の隙間から、かさかさと乾いた音が響いた。
「……何か来る」
マイアがライフルを構える。ロセスも即座に矢をつがえ、バイアスがメイスを構え直した。誰の顔にも、緊張が走っている。
瓦礫の陰から現れたのは、これまで見たことのない、蜘蛛のような形をした無数の小型の機械達だった。その蜘蛛達が次々と天井や壁を這い伝ってくる。ただ、こちらを攻撃するような素振りは見せなかった。
「……あれは……掃除とか、壊れた所を直したりする係の機械かもしれません。長い間放置されてた場所だ。そういう役目の連中なら、無闇に暴れ出すことはないはずです」
佐藤の言葉通り、機械の群れは一行の足元を素通りし、崩れた壁の修復作業に没頭し始めた。
「……はぁ、驚いたわ」
ロセスが小さく笑うと、皆の肩からも、一斉に力が抜けた。
だが、油断はできなかった。その後も、天井の奥に赤く光る小さなセンサーを見つけては息を潜めてやり過ごし、瓦礫の隙間からのっそりと姿を見せた、蜘蛛よりも遥かに大きな、得体の知れない機体からも、物陰に隠れて気配を殺した。教えられた通り、暴れることが自分たちにとって不利益になる――その言葉を思い出しながら、一行は静かに、慎重に、奥へと進んでいった。
やがて、ひときわ大きな柱が見えてきた。他の柱よりも太く、根元には、あの灰色の建屋にあったものとよく似た窪みがある。
「ここだ」
佐藤は懐から結晶体を取り出し、窪みへと嵌め込んだ。
すると、微かな震動と共に、柱の表面に、無数の細かい文字と図が浮かび上がった。
『……アクセス、確認。……資源最適化領域からの許可を検知。データを再構成する』
合成された声と共に、意味不明な文字の羅列が、次第に変わっていった。
「これは……」
マイアが息を呑む。
浮かび上がった文字の羅列に、幾つかの名前と思われるものと、それぞれの位置を示すらしい図が並んでいた。
『……統治の枠から外れた個体、現存する可能性のあるもの。一、二、三……現時点で、三体分の記録を確認』
「三体……」
クロが呟いた。
「全部、動いてるのか?」
佐藤が尋ねると、端末はしばらく沈黙した後、答えた。
『……一体は、既に機能停止を確認済み。もう一体は、長期間の応答なし。……そして、最後の一体は』
文字の羅列が、一箇所だけ、赤く点滅していた。
『……三日前まで、応答記録あり』
広間に、緊張が走った。
「機能停止っていうのはきっとSW2000の事だろう。それ以外で三日前に応答記録……そいつはまだ、生きてるかもしれない、ってことか!」
佐藤は身を乗り出し、その位置を示す図をじっと見つめた。
「……この場所、どこにあるか分かるか?」
『……座標データは、地上の管理区画内。人が多く行き交う、居住可能区域に近い』
佐藤は、皆を振り返った。
「地上の……感情を抑えられてる人たちが暮らす場所の、すぐ近くにいるってことらしいです」
クロが、佐藤の袖をそっと握った。
「……ヒロ、これって」
「ああ」
佐藤は静かに頷いた。
「探してた答えの、一つ目の手がかりかもしれない」
佐藤は静かに上を見上げた。




