第51話:底の輪
縦坑は、ジャインが語っていたよりもさらに荒れ果てていた。彼が見たのはあくまで入り口の様子だけで、中がどうなっているかは、誰も知らない。錆びた足場は所々崩れ落ち、闇の底からは、湿った風がゆっくりと吹き上げてくる。
「……ここ、思ったより深いね」
ナナイが慎重に足場を確かめながら呟く。居住区の壁のように、光る石や配線が仄かに灯っているわけではない。頼りになるのは、各々が手にしたランタンの灯りだけだった。
「どこまで続いてるか、俺にも分かりません。慎重に進みましょう」
佐藤はランタンを掲げながら、皆の足元を照らした。バイアスが先頭で瓦礫を退かし、道を作っていく。
「サトウ、この先、足場が完全に崩れてるぞ」
「分かりました。……マイアさん、縄を」
佐藤はマイアから受け取った縄を、崩れた足場の先にあった太い鉄骨に結びつけた。以前、荷物の積み下ろしで培った結び方だ。これなら重みをかけても解けない。
「これで降りていけるはずです。一人ずつ、慎重にお願いします」
一行は、慎重に、しかし着実に、闇の奥へと降りていった。
長い下りを終えた先に広がっていたのは、これまで見てきたどの場所とも違う光景だった。
崩れかけた石造りの建物が、幾つも折り重なるように並んでいる。壁には見慣れない文字が刻まれ、蔦のような配線が絡みつくように這っていた。
「……ここは」
マイアが息を呑む。
「今、俺たちが暮らしてる居住区とも、地上とも違いますね」
佐藤も辺りを見回しながら呟いた。地上の白亜の街並みでも、地下の武骨な生活区画でもない。もっと古く、もっと荒廃した何かがそこにはあった。
「クロ、何か感じるか」
「……分かんない。でも、なんか、静かすぎる気がする」
クロが耳を澄ませながら答える。その言葉通り、この場所には生き物の気配がほとんどなかった。
「気味が悪いね……」
ロセスが珍しく緊張した面持ちで、短弓を構え直す。
一行が慎重に廃墟の中を進んでいくと、ひときわ大きな建物の前に辿り着いた。他の建物と違い、崩れずに原形を留めている。入り口には、あの灰色の建屋にあったものとよく似た、半球状の突起が見えた。マイアが呟く。
「……これは」
「融和型のところにあったのと、同じですね」
佐藤は結晶体を懐から取り出した。淡い光が、心なしか強くなったように見える。
「気をつけてください。ここまで無事だったのが、逆に不気味です」
佐藤の言葉に、皆が武器を構え直した。
その時だった。
建物の奥から、地響きのような重低音が響いた。
「なっ……!」
次の瞬間、瓦礫の隙間から、これまで見たことのない、鈍く光る球体状の機械が姿を現した。表面には無数の小さなレンズが並び、それぞれが別々の方向を向いて蠢いている。
『……侵入、確認。……分析中』
声は、これまで聞いたどの声とも違っていた。感情のない冷たさというより、何かをじっくりと吟味するような、粘りつく響きだった。
融和型と初めて出会った時のような、警戒めいた響きはない。処分されたはずの結晶体を持ち込んだことにも、予定外の来訪者であることにも、まるで意に介さない様子だった。
「あれが……」
「三つ目の……」
佐藤は身構えながら、静かに呟いた。
「まだ分からない。だが、油断するな」
球体は、ゆっくりと一行の方へと近づいてくる。攻撃してくる様子はない。ただ、無数のレンズが、一人一人を舐めるように見つめていた。
『……あなたたちは、何を求めて、ここまで来たのですか』
「お前は、何なんだ。俺たちを排除しないのか」
『排除の判断は、私の管轄ではありません。私の役割は、状況を観察し、記録し、分析することのみ。脅威かどうかの評定は、私の管轄外になります』
佐藤はその答えに、僅かに肩の力を抜いた。
(……なるほど。融和型は、統治の在り方そのものに関わる領域だったから、俺たちの持ち込んだ結晶体にも敏感に反応した。だがこいつは、最初から『排除するかどうか』を判断する立場にないのか)




