第49話:古い言い伝え
マイアの傷は、思ったより浅かった。ナナイが手早く薬草を刻み、傷口に当てて布を巻く。
「……ありがとう。この程度で済んで、運が良かったよ」
「無理はしないでください。しばらくは大人しくしていて」
佐藤の言葉に、マイアは苦笑しながらも頷いた。
広間には、待機していた仲間たちが揃っていた。ジャインが杖を突きながら、ゆっくりと佐藤の前に座る。
「……無事に戻ったようで、何よりだ。それで、収穫はあったのか」
「はい。三つ、分かったことがあります」
佐藤は指を折りながら話し始めた。
「一つ目は、あの機械の中に、三つの違う考えを持つ領域があるということ。二つ目は、そのうち一つ……俺たちを追い払おうとする考えが、今のところ一番強く出やすいということ。三つ目は、もう一つ別の考えを持つ領域があって、そいつがどう出るかは、まだ誰にも分からないということです」
「三つ目、というのは」
ジャインが眉を寄せる。
「統治の範囲を、狭めるべきだと考えている……らしいです。詳しいことは、融和型の声自身も分かっていないようでした」
その言葉に、ジャインは長い沈黙を挟んだ。杖を握る手に、僅かに力が込められる。
「……サトウよ。それを聞いて、儂は一つ、思い出したことがある」
「何でしょうか」
「儂の父も、そのまた父も、代々語り継いできた古い話だ。……昔、この地に人が初めて逃げ込んだ頃、まだ何も分からなかった時代の言い伝えでな。『地の底には、外の声を厭う、もう一つの声がある』というものだ」
「地の底の声……」
「詳しいことは、儂も知らん。ただ、そういう言葉だけが、口伝で残っておる。子供騙しの昔話だと、儂もずっとそう思っておったが……」
ジャインは、テーブルの上に置かれた結晶体をじっと見つめた。
「今日の話を聞くと、あながち作り話でもなかったのかもしれん、と思えてきた」
佐藤は身を乗り出した。
「その言い伝え、他に何か手がかりになるようなものは残っていませんか。場所とか、印とか」
「儂の記憶にはない。だが……」
ジャインは少し考え、口を開いた。
「アスラの工房に古い記録が、何かあるかもしれない。アスラの家系は代々、廃品から色々なものを掘り出してきたはずだ。誰かアスラを呼んできてくれ。」
ジャインの言葉を受け、ナナイが工房まで呼びに走った。しばらくして、鍛冶場から呼ばれたアスラが、煤で汚れた顔のまま広間に顔を出した。
「言い伝え、ですか……はて。うちの蔵には、確かに古い紙切れが色々ありますが……字が潰れてて読めないものも多くて」
「読めるものだけでもいい。一度、見せてもらえないか」
「構いませんよ。今から持ってきましょうか」
アスラが工房へと引き返していく背中を見送りながら、クロが小さく欠伸をした。
「……ヒロ、なんか話がどんどん大きくなってない? 最初はただ、みんなで安全に暮らせればいいって話だったのに」
「そうだな」
佐藤は苦笑した。
「だが、ここまで来て、知らなかったことにはできない。もし本当に、三つ目の力を味方につけられるなら……この先の道が、少しは開けるかもしれない」
「そっか」
クロは佐藤の隣に腰を下ろし、ぽつりと呟いた。
「……あたし、ヒロについていくよ。どこまでも」
「ああ。頼りにしてる」
その短いやり取りを、部屋の隅からロセスがにやにやと眺めていることに、二人はまだ気づいていなかった。
しばらくして、アスラが古びた木箱を抱えて戻ってきた。中には、色褪せた紙の束と、錆びついた金属の板が幾つも収められている。
「これが、うちに伝わる一番古い記録です。読める部分だけでも、目を通してみますか」
佐藤はその一枚を手に取った。滲んだインクの向こうに、辛うじて読み取れる文字が並んでいる。
「……『中枢よりさらに深く、光の届かぬ場所に、退くことを望む意思在り』」
広間が、しんと静まり返った。
「これは……」
マイアが息を呑む。
「三つ目の領域の、手がかりかもしれない」
佐藤は紙面を見つめたまま、静かにそう呟いた。




