第46話:持ち帰った声
「……出口はこちらです! 配線の細工がまだ生きています、来た道を戻りましょう!」
佐藤の声に、八人は弾かれたように動いた。狭い部屋の扉一枚を隔てた向こうから、複数の駆動音と、規則正しい足音が迫ってくる。
「時間がありません、ロセスさん、上から援護をお願いします!」
「はいはい、任せて」
ロセスが扉の隙間から短弓を構え、先頭のセンサー光へ矢を打ち込む。閃光と共に一体がよろめき、後続の動きにわずかな乱れが生まれた。
「今のうちだ!」
バイアスが強引に扉をこじ開け、通路の反対側へと一行を押し出す。ラブルが最後尾で大剣を振るい、追いすがる腕を叩き落とす。
「クロ、あの縦穴まで戻れるか?」
「言われなくても!」
クロが跳躍し、屋根から屋根へと道を示す。八人は白亜の街並みを縫うように駆け抜け、やがて先ほど苦労して昇ってきたあの縦穴へと転がり込んだ。
地上の喧騒が、頭上で少しずつ遠のいていく。
縦穴を抜けた先の廃棄区画から、居住区までは、決して近い道のりではない。錆びついた瓦礫の斜面を下り、崩落した通路を迂回し、時に息を潜めて徘徊するモンスターをやり過ごす。誰もが疲労困憊の中、一行が「知恵の箱」の見える辺りまで辿り着いた頃には、地上を出てからすでに丸一日近くが経とうとしていた。
「……着いた。ここまで来れば、もう安心だね」
ナナイが小さく息をつく。
地下の居住区に戻った頃には、誰もが泥と汗にまみれていた。ジャインの家の広間に集まると、マイアがようやく詰めていた息を吐き出した。
「……無事に戻れたのが、奇跡みたいなものだね」
「はい。ですが、収穫はありました」
佐藤は懐から結晶体を取り出し、テーブルの上に置いた。淡い光は、もう静かなものに戻っている。
「聞いてください。俺たちは今日、あの機械たちを操っている『声』の一つと、話をしました」
広間がざわついた。ジャインが眉根を寄せる。
「あの声、と話した……? よく排除されなかったな」
「一度は、危うくされかけました。ですが、話しているうちに分かったことがあります。あの機械たちを動かしている『声』は、一つではないようなのです」
「……どういうことだ」
バイアスが太い眉を寄せる。佐藤は少し考え、分かりやすい言葉を探した。
「たとえば……頭の中に、何人もの相談役がいるようなものだと思ってください。いつもは、その中で一番怖い顔をした一人……我々を追い払おうとする者の声だけが、表に出てきていました。ですが今日出会ったのは、それとは別の相談役でした。もっと穏やかな考えを持つ、別の誰かです」
「別の誰か……そんな都合のいい話があるものか」
バイアスが唸る。
「今まで散々、俺たちを狩ろうとしてきた化け物だぞ。急にそんな味方がいるなんて」
「味方、とまでは言えません」
佐藤は首を振った。
「その声も、自分の言い分は、全体の中でごくわずかしか通らないと言っていました。私たちに手を貸してくれるわけではないでしょう。ただ……あの機械たちの中にも、一枚岩ではない部分がある。それだけは、確かなようです」
広間に沈黙が落ちる。マイアが口を開いた。
「……ヒロ。もしそれが本当なら、これは今までの戦い方を、根本から見直す話になるかもしれないね」
「そう思います。今までの私たちは、『どう倒すか』しか考えていませんでした。ですが、もし相手の中に、話の通じる誰かがいるのだとすれば……」
「倒すのではなく、味方に育てる、という道もあるということかい」
マイアの言葉に、佐藤は頷いた。
「でも、簡単な話じゃない」
黙って聞いていたクロが、口を挟んだ。
「あの声、最後に変なこと言ってたよね。誰かに聞かれてる、みたいな……」
「ああ。だから俺たちがまた会いに行けば、今度はあの声自身が、他の恐い相談役に見つかって、消されちゃうかもしれない」
佐藤はクロの問いかけに答えた。
「とすると、俺たちの動向次第でそいつを危ない目に遭わせることになるわけか」
バイアスの言葉に、部屋の空気が重くなった。
「じゃあ、どうする気だ」
ジャインが静かに尋ねる。
「もう一度、あの声に会いに行くのか。それとも、諦めるのか」
佐藤はしばらく黙り込んだ。テーブルの上の結晶体を見つめながら、頭の中で幾つもの可能性を並べていく。トラックの運転で鍛えた勘が、こういう時だけは妙に冴える。危険な峠道を、どのルートで、どの速さで越えるべきか……それを判じる感覚と、今の状況はどこか似ている気がした。
「……すぐには決められません。ですが、何も考えずに飛び込むのだけは避けたいと思っています。もう一度会いに行くにしても、まずは向こうの見張りの動き……巡回の間隔や、隙が出来る瞬間を、もっとよく調べておく必要があります」
その時、それまで黙って隅に座っていたラブルが、ぴょんと身を乗り出した。
「ねえねえ、それなら、あたし提案があるんだけど!」
明るい声に、皆の視線が集まる。
「今日、逃げてる途中で気づいたんだけどさ、あの見張りのやつら、決まった道を、決まった時間にぐるぐる回ってるだけなんだよね。あたし、体力だけはあるから、しばらく上と下を行き来して、見張りの動きをこっそり数えてくるよ! 危なくなったらすぐ逃げるし!」
「……ラブルさん、それは危険すぎます!」
佐藤が眉をひそめると、ラブルは唇を尖らせた。
「大丈夫だって!これでも足の速さには自信あるんだから!それに、一人でこっそり見るだけなら、大勢で行くよりずっと目立たないでしょ?」
「確かに……一理、ありますね」
佐藤は少し考え、頷いた。
「でも、無茶はしないと約束してください。おかしいと思ったら、すぐに引き返すこと」
「はーい!」
広間に、わずかながら前向きな空気が戻り始めた。奥の方から響く送風設備の低い音だけが、規則正しく夜を刻んでいる。
佐藤は結晶体をそっと布に包み、懐へとしまい込んだ。
(……焦ってはいけない。この石が、今度は誰かの命を危うくする引き金になるかもしれないのだから)
運転手となって今まで事故を一度も起こさなかった男の勘が、静かにそう告げていた。




