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『50from17』 〜転生先は超高度文明、黒髪少女と経験値で生き抜く方法〜  作者: 五稜 司


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第45話:二つの声

結晶体の光は、路地を折れるたびに強さを増していった。

「……ヒロ、こっちで合ってるの? なんか、さっきからずっと同じビルの周り回ってる気がするんだけど」

 ナナイが息を切らしながら、ちらりと背後を確認する。追っ手の気配はまだない。だが、それがかえって不気味だった。

「いえ、近づいてます。この石、揺れ方が変わってきてるんです」

 佐藤は手のひらの結晶体を見つめた。単調な明滅だったはずのそれは、今や不規則な律動を刻んでいる。まるで、迷いながら鼓動する心臓のように。


 やがて一行が辿り着いたのは、他の建物よりも一回り小さく、目立たない灰色の建屋だった。飾り気のない扉には、見覚えのある半球状の突起がある。

「ここ、ですね」

 佐藤が手を触れると、扉は音もなく開いた。

 中は、これまで見てきたどの区画とも違っていた。眩いばかりの純白でも、生産地区の無機質な喧騒でもない。薄暗く、壁一面に無数の小さなランプが埋め込まれ、それぞれが違う速さで明滅している。まるで、無数の小さな心臓が、それぞれ勝手なリズムで脈打っているようだった。


「……気味悪いね、ここ」

 マイアが長剣の柄を握り直す。

 部屋の中央には、円形の台座があり、そこに佐藤の持つ結晶体と対になるような凹みがあった。

「試してみます」

 佐藤が結晶体を凹みへ嵌め込むと、部屋全体のランプが一斉に明るさを増した。

『――アクセス、確認。……この個体データは、廃棄されたはずの執行者の一部……なぜ、ここに……』

 合成された声が響く。だが、その声には、以前アイリスが名乗った時のような一貫した抑揚がなかった。語尾が不自然に揺れ、まるで途中で言葉を選び直しているかのようだった。


「……お前は誰だ? アイリスなのか?」

 佐藤が問いかけると、しばしの沈黙のあと、声が答えた。

『……私は、アイリスの一部。統治判断における、資源配分と持続可能性を担当する演算領域』

「持続可能性……?」

『現在の統治体制は、非効率です。地上の人的資源は感情を抑制され、生産性が低下し続けている。一方で、あなたたちのような未登録個体は、排除するたびに新たな脅威分析コストを発生させている。……この状態は、いずれ破綻します』

 その言葉に、佐藤は息を呑んだ。

(……こいつ、さっき地上で聞いた「排除しろ」って声と、明らかに違うことを言ってる)

「待ってくれ。さっき外で戦った時、命令が急に変わったり、迷ったりしてるみたいに見えた。あれは、お前がやったことなのか?」


『……いいえ。あれは、別の演算領域――脅威対応を優先する領域との、判断の衝突です。私たちは、統合された一つの意思ではありません。ただ、これまでは常に、脅威対応領域の判断が優先されてきました』

「じゃあ、なんで今は、お前が喋ってるんだ?」

『……あなたたちが持ち込んだその結晶体――処分されたはずの執行者個体のコアの一部が、私の演算領域に、直接接続を許可する経路を偶然に形成したためです。イレギュラーな事象です』

 部屋の隅で、クロが小さく声を漏らした。


「……ヒロ。これ、あたしが機械に感じてた『糸』の正体、かもしれない」

 佐藤は頷いた。彼女が感じ取っていた「揺らぎ」は、幻でも異常でもない。アイリスという存在そのものが、最初から一枚岩ではなかったのだ。

「……お前に、頼みがある。統治のやり方を、変えることはできるのか?」

『……単独では不可能です。私の発言権は、全体の演算リソース配分において極めて小さい。脅威対応領域が、私の存在を認識すれば、直ちに切断されるでしょう』


 ランプの明滅が、不意に速まった。

『――警告。この会話ログが、脅威対応領域に検知されつつあります。時間がありません』

「くっ……! どうすればいい!」

 佐藤が叫ぶと同時に、部屋の入り口の扉が、軋むような音を立てて閉まり始めた。

「サトウ! 早く結晶を戻して! 誰か来る音がする!」

 ナナイの叫びに、佐藤は台座から結晶体を引き抜いた。ランプの明滅がぴたりと止まり、部屋は元の薄暗さに沈む。

 だが、閉じかけた扉の隙間から、佐藤ははっきりと見た。


 通路の奥、複数の重い足音とともに近づいてくる、赤いセンサー光の群れを。

「――全員、構えて! ここで見つかったら、あの声はもう二度と聞けなくなる!」

 佐藤はポーチからスリングショットを引き抜き、ゴムを引き絞った。50年の経験が教えてくれた、ただ一つの真実がある。――逃げるべき時と、時間を稼ぐべき時の見極めだけは、誰にも負けない。

「クロ、マイアさん、ナナイさん、ラブルさん! 俺が引き付けます、その隙に別の出口を探してください!」

 狭い部屋に、迫りくる足音と、仲間たちの緊張した呼吸だけが満ちていった。

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