第39話:鉄と大鍋
煤けた鉄板が並ぶ路地の奥から、地下の湿った空気に混じって、香ばしい匂いが漂ってきた。
「ヒロ、ここだよ。あの大喰らいも、この時間はここに居座ってるはずさ」
マイアに案内され、佐藤は年季の入った暖簾をくぐった。マイアとクロも、その後に続いて店へと入る。
「おや! サトウじゃないかい! 無事だったんだねぇ!」
厨房の奥から、巨大な木製のお玉を振り回しながら、一人の女性が飛び出してきた。コーテだ。彼女は佐藤の顔を見るなり、その豊かな胸に佐藤の頭を抱え込むようにして豪快に笑った。
「心配したんだよ! クロちゃんとマイアもいらっしゃい。ほら、座りな。今、一番いいところを繕ってあげるからね!」
「……ありがとうございます、コーテさん。でも、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
佐藤は苦笑いしながら、彼女の勢いに押されて席に着いた。
この店に初めて迷い込んだ時、佐藤は空腹と絶望で死に体だった。客たちが「得体の知れない二人連れだ」と遠巻きにする中、コーテだけは代金も取らずに二人分のスープを差し出してくれたのだ。
『あんた、死んだような目をしてるね。でも、自分のことより先に、その隣にいるお嬢ちゃんが食べられるかを心配しただろう? ……いい器を持ってるよ。しっかり食べな』
その時かけられた言葉と、胃に染み渡った熱が、佐藤がこの世界で「生きよう」と思った最初のきっかけだった。
「ほら、クロちゃん。あんたにはこの特製スープだよ」
コーテが差し出した皿を、クロは静かに、しかしどこか慈しむように受け取った。
その時だ。店の隅で、ガシャン、と派手な音が響いた。
「コーテさーん! お代わり! まだまだ全然足りないよ!」
見れば、一人の少女が山のように積まれた空皿を前に、勢いよく手を挙げていた。二十歳そこそこに見えるその娘は、驚くほど細身で華奢だったが、その足元には自分の背丈ほどもあり、車軸を叩き出したかのような無骨な大剣が立てかけられている。
(……あれが、マイアさんの言っていた人か。あの体で、どうやってあんな重いものを……)
佐藤は自分のスープを啜りながら、さりげなく彼女を観察した。
少女は一心不乱に食べているが、新しく客が入ってきた際、その目は一瞬だけ鋭く光り、無意識に大剣の柄との距離を測っていた。
(ただの大食いじゃないな。あの身のこなし、相当な場数を踏んでいる……)
お代わりを持ってきたコーテが、困ったように笑いながら少女の頭を小突く。
「ラブル、あんたねぇ。そんなに食べたら、うちの在庫が底を突いちゃうよ」
「いいじゃん、コーテさん! 私、これがないと動けないんだから!」
ラブル。それが彼女の名前らしい。
佐藤は静かに箸を置き、彼女の横顔を見つめた。今の彼女に必要なのは、ただの食事なのか。それとも、その有り余る力を振るうべき場所なのか。
(もう少し、様子を見てからにしよう……)




