第38話:再起の火種
地下の淀んだ空気さえ、今はどこか懐かしく感じられた。
佐藤は「知恵の箱」と呼ばれるドーム施設の中で、光ファイバーの束を杖にして立つ老ジャインと向き合っていた。
「おぬし……正気か? 『神の国』へ牙を剥くなど、それは天に唾吐くも同じこと……」
ジャインの震える声が、無数の古書が眠る静寂に響く。彼にとって、壁に並ぶ書物に記された文字は、触れることさえ憚られる聖字だ。それを躊躇いなく指でなぞり、上の世界の「欺瞞」を語る佐藤の姿は、彼らの常識を根底から揺さぶっていた。
「ジャインさん。あそこは神の国なんかじゃない。ただの、冷たいからくりが支配する巨大な檻でした」
佐藤は、その言葉に力を込めた。懐から、上層で回収した青白く発光する結晶体を取り出し、煤けた机に置く。
無機質な輝きが、古びたドーム内を異質に照らし出した。
「そこにいた人たちは、笑うことも怒ることも忘れて、ただ生かされているだけだった。……俺は、彼らをあんな場所に放っておきたくないんです。この結晶と同じように、冷たく固まったままの人たちを」
佐藤の真っ直ぐな言葉を、ジャインはしばらくの間、黙って受け止めていた。やがて深く溜息をつき、杖で床を叩く。
「……分かった。おぬしの目は、嘘を吐いておらぬな。コミュニティの若衆、必要ならば募るがよい。……ただし、無理強いはせぬことだ」
「ありがとうございます、ジャインさん」
ジャインの許しを得てドームを出ると、待っていたのは熱っぽい視線だった。
「サトウさん! 本当に、あの『天井』の上に行ってきたの!?」
駆け寄ってきたのは、十五歳の少女、ミリだった。いつもコミュニティ内を忙しなく走り回って用足しをしている彼女は、佐藤を「外の世界を知る兄貴分」として、尊敬の眼差しで見つめている。
「ああ、ミリ。……でも、あそこは君が思っているような、良い場所じゃなかったよ」
「それでもいい! 私、もっと色んなことが知りたいの。サトウさんの手伝い、何でもするから!」
ミリの純粋な好奇心は、重苦しい地下の空気をわずかに跳ね飛ばした。
だが、佐藤は浮き足立つことはなかった。アイリスという強大な存在に立ち向かうには、勢いだけでは足りない。
「ナナイさん、マイアさん。……力を貸してください。この先もあなた達の力が俺には必要です」
するとマイアが
「私たちだって上の世界の理不尽は見てきたんだ。気持ちはヒロと一緒だよ。」
と言ってナナイと視線を合わせ頷いた。
「それとこれから戦うには、もっと『色んな人の力』が必要だと痛感しました。もっと一緒に行動を共にしてくれる人に心当たりはありませんか?」
佐藤の言葉に、ナナイが記憶を整理するように頷く。マイアも不敵に笑い、腰の得物を叩いた。
「そうだね。バイアスの奴と馬が合わなくて、くすぶってる跳ねっ返りが何人かいる。……ヒロ、まずはあの『大食らいの女』のところへ行ってみるかい?」
「大食らい……?」
「ああ。力はあるが、食い扶持が多すぎてどこも雇いたがらない、大剣使いの娘さ」
佐藤は、かつて配送員として街の隅々を観察していた時のように、コミュニティの喧騒に目を凝らした。
自分たちが生き抜くための「盾」と「矛」。それらを探し、繋ぎ合わせるための第一歩が、ここから始まる。




