第36話:叛逆の号砲
鳴り響く警報は、静止した都市の断末魔のようだった。
赤い回転灯が、無機質な広域監視ルームを不気味な血の色に染め上げ、一定の間隔で壁を撫で回している。
「クロ、走れるか!」
「……ええ。アンタに手を握られたままじゃ、転ぶこともできないわよ」
クロは青白い顔を上げ、強気に口角を上げた。その黄金色の瞳には、アイリスへの恐怖を塗りつぶすほどの、佐藤への信頼が宿っている。
「サトウ! 向こうから、重たくて硬い足音がたくさん響いてくる!」
ナナイが、腰に帯びた二本の短剣を握りしめ、怯えを含んだ声を上げた。
佐藤は即座に周囲を見渡した。この部屋は袋小路ではないが、どこへ逃げても、あの冷徹な声の主が先回りしてくる。
「マイアさん、先頭をお願いします! ナナイさんは後ろを。クロを真ん中に入れて、一気に駆け抜ける!」
「了解だよ! ったく、この世界の神様ってのは、随分としつこい性質のようだね!」
マイアが長剣を引き抜き、正面の「透明な壁」へと体当たりを仕掛けた。だが、厚みのある板はビクともせず、鈍い衝撃音が室内に響くだけだった。焦りが走る中、隣にいたクロが静かに前に出た。
「私に任せて」
クロが呟くと、その黄金色の瞳が妖しく輝き出した。両手の爪がその輝きに呼応するかのように、不気味な漆黒へと変色していく。
クロは振り上げた両手を、渾身の力を込めて透明な壁へと振り下ろす。
鋭い衝撃が走り、壁に幾筋もの亀裂が入ったと思った次の瞬間、音を立てて壁が崩れ落ちた。
「クロ! お手柄だ!」
佐藤が短くそう言ってクロの頭を撫でると、彼女はふいと顔を背けた。
「……こんなことぐらいで、いちいち大袈裟よ」
口ではそう言っていたが、その頬はわずかに赤らみ、佐藤に褒められた喜びを隠しきれない笑みがこぼれていた。
一行は雪崩れ込むように、迷路のような白い通路へと躍り出た。
背後からは、床を削りながら迫る機械兵たちの、金属同士が擦れ合う不快な音が反響している。
(……効率だの最適解だの。勝手に決めつけて、勝手に排除かよ。冗談じゃねえぞ)
佐藤は荒い息を吐きながら、無機質な回廊をがむしゃらに駆ける。
「サトウ! 前、また大きな『動く壁』が閉まろうとしてる!」
ナナイが通路の先を指差し、悲鳴に近い声を上げる。そこでは、巨大な金属板が天井からゆっくりと降りてきていた。完全に閉まれば、この先は行き止まりだ。
「……止まれッ!」
佐藤は足を止めると同時に、腰のポーチからスリングショットと金属ボルトを掴み出した。
震える手でゴムを引き絞る。
一発目は、無情にも金属扉の表面に当たって跳ね返った。
二発目も、焦りから狙いが逸れて壁を削る。
背後の駆動音は、もう角の向こうまで迫っている。
「……頼むぞ、クソッ!」
三発目。放たれたボルトは、閉まりきる寸前の隙間――レールの噛み合わせ部分に、火花を散らしながら強引に食い込んだ。
ギギギ……と耳を劈く異音が響き、扉がガタガタと震えて停止する。
「今だ、潜れ! 壁はすぐにでも動き出す!止まるな!」
四人は這いつくばるようにして、閉じきる寸前の隙間を滑り抜けた。
直後、背後で「ガコン!」と重い衝撃音がし、完全に沈黙する。そこには追っ手を遮断する、即席の壁が出来たのだった。
辿り着いたのは、冷たい外気を感じる細い点検用の通路だった。
「……はぁ、はぁ……。サトウ、今のも……あんたの勘なの?」
ナナイが、肩を上下させながら不思議そうに問いかけてきた。
「勘なんていいもんじゃないですよ。ただ……運を無理やり引き寄せただけです」
佐藤は荒い息を整えながら、膝の震えを隠すように笑った。
その瞳には、50歳の慎重さをかなぐり捨てた、反逆者の炎が静かに、しかし激しく燃えていた。




