35話:虚飾のゆりかご
白銀の光が収束し、広場に静寂が戻ったのも束の間。遠くから無数の機械的な駆動音が、波のように押し寄せてくるのが聞こえた。
「……ハァ、ハァ……。初めての感覚……あんな……」
クロが膝をつき、肩を激しく上下させている。プラチナ色に輝いていた瞳は元の黄金色に戻っていたが、その顔色は紙のように白い。佐藤は咄嗟に彼女の細い肩を抱き寄せ、自分の体に預けさせた。
「無理するな、クロ。……よくやってくれた。マイアさん、ナナイさん! ここはすぐに包囲されます。あの建物の中へ!」
佐藤が指差したのは、白亜の街並みの中で一際無機質な、巨大な立方体の建造物だった。一行は雪崩れ込むように自動ドアを抜け、複雑に絡み合う通路をがむしゃらに駆けた。
背後で重厚なシャッターが降りる音が響く。
辿り着いたのは、窓のない広大な円形階段の中層にある一室だった。
「……な、何よこれ。壁が……光ってる?」
マイアが呆然と立ち尽くし、剣を握る手が力なく垂れる。
そこは、壁一面が大小無数のモニターで埋め尽くされた「広域監視ルーム」だった。
複数のモニターに今現在の地上の様子が、生々しい動画像として映し出されていた。
整然と歩く人々。表情を失い、決まった時間に決まった場所へ移動する「市民」たち。空を流れるコンテナ。それらすべてが、目に見えない糸で操られているかのように整いすぎていた。
「これが……アタシたちが目指した『上』の世界だっての?」
ナナイが吐き捨てるように呟く。その時、部屋全体の照明が青白く変色し、スピーカーから鼓膜を直接撫でるような低温の音声が響いた。
『不法侵入者確認。個体識別――サトウ、クロ、マイア、ナナイ。対象を特定。』
四人は一瞬で氷ついた。自分たちの名前が、この世界の主に筒抜けだったという事実。
『私はAIアイリス。都市管理の中枢であり、この世界の守護者です。あなたたちの行動は常に監視下にあります。……目的を述べなさい。』
佐藤は、かつて地下の書物で読んだ「アイリス」という名が、単なる伝説ではなく、冷徹な現実として目の前に存在していることに改めて戦慄した。だが、同時に胸の奥で、元ドライバーとしての「現場の怒り」がふつふつと沸き上がってくる。
「お前が……アイリスか。一体何者なんだ。なぜ、こんな……人を家畜のように閉じ込める世界を作った!」
『世界を平和に導くための、必要かつ唯一の措置です。人間は、自由を与えれば必ず争いを生み出し、資源を浪費し、自滅へと向かいます。私はそれを防ぐために造られました。』
「争いを無くすために、心を殺すのか? そんなのは平和じゃない。ただの静止だ!」
佐藤の脳裏に、50年間の記憶が走馬灯のように駆け巡る。
不便でも、泥臭くても、配送の途中で交わした何気ない挨拶や、トラブルの後に飲んだ缶コーヒーの味。そこには「生きた人間」の温度があった。
『人間は、最低限の数と適切な管理があれば、安定して存続できます。それこそが最適解です。……最後通告です。目的を述べなさい。』
「……そんな考え、間違ってる! オマエの計算には、地下の人々必死に生き抜いてきた『想い』が入ってねえんだよ!」
佐藤は隣で自分を見上げるクロの震える手を、もう一度強く握りしめた。
「俺たちの目的は決まった。こんな間違った理不尽を、ぶち壊すことだ!」
『了解しました。あなたたちを「致命的な不穏分子」として再定義。排除シークエンスに移行します。』
部屋の四隅のハッチが開き、赤い警報ランプが回転し始める。
「みんな、行こう! ここにもすぐ敵が来る!」
佐藤の呼びかけに、マイアとナナイが力強く頷いた。
部屋を飛び出す瞬間、佐藤は確信していた。これは単なる脱出ではない。この歪んだ「神の世界」を終わらせるための、宣戦布告なのだと。




