第33話:蒼穹の罠
ダクトの出口が近づくにつれ、空気の質が変わった。
無機質で、刺すように乾いた冷気が鼻腔を突く。佐藤にとってはどこか懐かしい、空調の効いたビルのロビーのような匂いだ。
ナナイが音もなく格子の外を覗き、短く手信号を送った。そこは、地上へと繋がる垂直昇降ロビー。広大な円形の空間には、数基の巨大な柱のような昇降機が鎮座し、その周囲を青い光のラインが幾何学模様のように走っている。
「……変な形の置物が、あちこちに張り付いてる。クモ……いや、脚の多い気味の悪い虫みたいなやつが三体」
ナナイの視線の先、天井の隅や柱の影に、多脚を持つ小型の機械が張り付いていた。不規則にレンズを光らせ、獲物の微かな振動を待っている。
「マイアさん、ナナイさん、あいつらは動きが速そうだ。僕が注意を引きます」
佐藤は背負い袋を下ろし、手製のスリングショットに鋭利な金属片を番えた。
硬質な接触音。佐藤が放った一撃が反対側の壁に当たり、甲高い音を立てる。
反応した機械が、凄まじい速度で壁を駆けた。
「今だ!」
マイアが駆け出す。だが、一体のドローンが空中を跳ね、信じられない角度からマイアを狙う。
「くる……左上!」
クロの叫びと同時に、マイアは身を翻して長剣でそれを受け止めた。火花が散り、剣が激しくもしなる。
「くっ、速すぎて捉えきれない……!」
そこへ、クロが喉の奥から強烈な干渉波を放った。
「ガガッ……!」
ドローンが宙で痙攣した一瞬の隙を逃さず、クロが稲妻のような速さで跳躍した。鋭い爪を剥き出しにした腕で、三体を次々と地面へ叩き落とす。
「マイア! あそこの隙間! 光ってるのが多分アイツの弱点だ!」
ナナイの声に応じ、マイアは地を蹴った。
「そこね……!」
踏み込みと共に放たれた鋭い刺突が、一体の弱点を貫き粉砕する。ナナイも逆手の短刀でもう一体を沈黙させ、最後の一体はクロが背後の回路を力任せに引き裂いた。
静寂が戻る。三人は荒い息をつきながら、互いの無事を確認した。
「……信じられない。あんなにチョコマカ動くやつ、初めて見たわ」
マイアが剣を鞘に納め、額の汗を拭う。
「アタシの短刀がかすりもしないなんてね。……でも、クロのあの一撃がなきゃ危なかった。やるじゃない」
ナナイが意外そうにクロを見ると、クロは少し誇らしげに鼻を鳴らした。
「……まあ、あんなの、アタシにかかれば当然よ」
佐藤はそんな三人の健闘を頼もしく思いながら、重厚な隔壁の前に立った。
「これを何とかしないと、先には進めないみたいですね」
佐藤は光る操作盤に指を触れる。元ドライバーとしての勘を頼りにいくつかのボタンを押すが、そのたびに無機質なブザー音と共に、画面が拒絶を示す赤色に点滅した。
「……ダメか。鍵がかかっているみたいだ」
佐藤が半ば諦めかけたその時、横から覗き込んでいたクロが、不思議そうに呟いた。
「もしかしたら、アタシ……わかるかも」
「クロ、これの使い方がわかるのか?」
「……使い方はわかんない。でも、なんか、ゆらゆらしたのが見えるの。試しにアタシの言った通りにやってみて」
クロは画面の一角を指差した。
「まずはここ。……次は、その隣の丸いやつ」
佐藤は半信半疑ながら、クロの指示通りに指を滑らせる。すると、今まで何度やっても赤く点灯していた画面が、吸い込まれるような鮮やかな緑色に変わった。
ズゥゥゥン。
地響きと共に、巨大な扉が左右に開き始める。
「やった!」
小さな歓声が上がった。そして、扉の向こう側に広がっていたのは、彼女たちが一生かかっても見るはずのなかった「神の世界」だった。
白亜のビル群が空へと伸び、空中を走る透明な回廊を、車輪のない乗り物が静かに行き交っている。見上げる空は、地下の偽物とは違う、吸い込まれるような蒼を湛えていた。
「なに……これ……」
マイアもナナイも、言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。
だが、その静謐な美しさは、すぐに軍靴の音によって破られた。
「……動くな。不法侵入者を確認」
地上へ一歩踏み出した瞬間、建物の影から、分厚い特殊合金の装甲に身を包んだ「重装歩兵」たちが姿を現した。大口径の電磁銃を一斉に構え、一行を完璧に包囲する。
クロが無言で佐藤の前に一歩踏み出した。小刻みに震える足で、彼女は佐藤を庇うように背を向け、顔だけを振り返って彼を睨み上げた。
「ヒロ、アンタはアタシが守るって決めたんだから、守ってあげる。……そのかわり、助けた後はアンタはアタシの頭を撫でること! わかった!?」
「クロ……」
「アタシのそばから離れちゃダメだからね!」
佐藤は、ポーチの中の結晶体を握りしめた。
「……マイアさん、ナナイさん。まだ、手はあります」
佐藤の瞳に、不敵な光が宿った。




