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『50from17』 〜転生先は超高度文明、黒髪少女と経験値で生き抜く方法〜  作者: 五稜 司


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第32話:偽りのゆりかご

静寂を切り裂いたのは、耳を刺すような警報音だった。

 倒れ伏した白銀の騎士――「執行者」の背後、中央シャフトの壁面が、突如として赤く染まる。無数のセンサーライトが、まるで獲物を探す獣の目のように不気味に蠢き、一行を照射した。


「……まずい、完全に捕捉された。マイアさん、ナナイさん、今のうちにここを離れましょう!」

 佐藤は叫び、腰のポーチに収めた「心臓」のパーツ――先ほどナナイから受け取った鈍く光る結晶体を、上から強く握りしめた。革越しに伝わるその硬い感触は、これから進むべき道の険しさを象徴しているかのようだった。

 これが何なのか、今はまだ分からない。だが、この世界を統べる見えざる支配者と対峙するための、唯一の鍵になるという確信があった。


「ええ……。でも、正面から逃げるのは無理そうね。ナナイ、どこかに抜け道はない!?」

 マイアが、唯一の武器となった長剣を構えながら鋭い声を飛ばした。ナナイは即座に周囲へ視線を走らせる。

「あっち! 壁に、ここに来た時と同じような網が張ってある場所があった!」

 ナナイの指差す先、壁面の保守用通路の隅に、細かな格子状のプレートがはめ込まれている。一行は、迫りくる赤色灯から逃れるようにそこへ駆け込んだ。


 佐藤が自作の重いメイスで格子の縁をえぐり、マイアが力強い蹴りを叩き込む。

 ガコン、という硬質な音とともに、格子が内側へと外れた。

「急いで!」

 背後では、追撃の警備ドローンたちが放つ電子音がすぐそこまで迫っている。四人は滑り込むようにして、埃ひとつない風が吹き抜けるダクトの中へとその身を隠した。


 暗く、冷たい金属の通路を這い進むこと数十分。

 クロは佐藤の腕から離れ、猫本来のしなやかな動きで四肢を使い、誰よりも音もなく先行していた。時折、立ち止まっては背後の佐藤たちが付いてきているかを確認するように黄金色の瞳を光らせる。

 佐藤は、肩をすぼめながら進む中で、ここで最初に出会った人型アンドロイド――SW2000の言葉を思い出していた。


(……『居住区を経由し、中央シャフトへ向かうルートが最短です』。あいつは確かにそう言った)

 だが、その先はプロテクトという名の見えない壁に阻まれ、情報を引き出すことはできなかった。この先に何があるのか。暗闇の中での手探りの行軍が、佐藤の神経をじわじわと削っていく。

 不意に、先頭を行くクロが足を止め、低く喉を鳴らした。

 格子の向こうから、地下のそれとは明らかに異なる「光」が漏れ出している。


「……ここは、何?」

 ナナイのささやき声に誘われるように、佐藤も格子の隙間から外を覗き込んだ。

 その瞬間、彼は息を呑んだ。

 目の前に広がっていたのは、広大な吹き抜けの空間だった。

 天面からは、本物の太陽と見紛みまごうばかりの暖かな光が降り注ぎ、地下の無機質な階層とは対照的な、瑞々しい緑の庭園が広がっている。せせらぎを作る透き通った水流、色鮮やかな花々。

 だが、その美しさはどこか不自然だった。左右対称に整えられた樹木、汚れ一つない芝生。それはあまりにも完璧すぎて、「生きている」というよりは「展示されている」かのような空気をまとっている。


 庭園を歩く人々が見えた。

 彼らは皆、白い清潔な服を纏い、柔和な笑みを浮かべて語り合っている。

 だが。

「……見て。あいつら、笑ってるけど……目が死んでるわ」

 ナナイの声が、恐怖にかすかに震えていた。

 住民たちの耳の後ろには、青い光を放つ小さな端子のようなものが埋め込まれている。彼らの視線はどこか虚空を見つめ、交わされる会話も、まるで台本を読み上げているかのように滑らかで抑揚がない。


 広場の中央では、静かなモーター音を立てて浮遊する監視ロボットが、住民たちの頭上をゆっくりと巡回している。時折、ロボットが放つスキャン光を浴びるたび、住民たちは立ち止まり、まるで神に祈るように胸に手を当てて静止した。

「……これって、何なの? あの人たちは一体何をやってるの?」

 マイアが困惑したように声を漏らす。その瞳には、未知の光景に対する強い拒絶反応が浮かんでいた。

「……どうやら、あの上を飛んでいるヤツが、ここの人達すべてを管理しているみたいですね」

 佐藤は、ダクトの淵を指が白くなるほど強く握りしめた。


 そこには、地下の住人たちが日々命を懸けて戦っている「飢え」も「恐怖」もない。

 代わりにあったのは、個人の意志をすべて放棄し、高度な知性体に身を委ねた、家畜のような安寧あんねいだった。

 ふと、一人の子供が石畳の上で転び、火がついたような泣き声を上げた。

 即座に、近くを巡回していた警備ロボットが滑るように歩み寄る。ロボットの細いアームが子供の首筋に触れた。

 次の瞬間。

 子供はピタリと泣き止んだ。

 痛みも、悲しみも――あらゆる感情を中和され、抜き取られたかのように、無表情でゆっくりと立ち上がったのだ。

(……あんなのは『生きてる』とは言わない。ただの部品だ)


 佐藤の胸の奥で、かつて自分が生きていた「前世」の記憶がうずいた。

 雨の日の配送、終わらない渋滞。苦しいことも山ほどあった。しかし、そこには確かに、自分の感情で笑い、涙を流す日常があった。

 だが、この目の前の世界にあるのは、計算された「最適解」という名の虚無きょむだ。

 地下の住人をちりのように切り捨て、地上の住人を意思なき部品として飼い慣らす。

 このいびつな二重構造。それが、この高度文明の正体なのか。

(……こんなのは、絶対にあってはいけない世界だ)

 佐藤は静かに、しかし鋼のように硬い決意を持って告げた。

「……行きましょう。あいつらに、この世界は予定通りにはいかないってことを教えてやる」

 その言葉に、マイアとナナイが強く頷く。佐藤のかたわらで、クロもまた、黄金の瞳に確固たる光を宿して静かに頷いた。


 背後から、追っ手のライトがダクトの奥を照らし始めた。

 一行は、光り輝く地獄のさらに深部――偽りの楽園を越えた先にある、真実を目指して、再び闇の中へと消えていった。

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