第31話:残響と予兆
静寂が、以前よりも重く、冷たく空洞に居座っていた。
先ほどまで死闘を繰り広げていた白銀の騎士は、胸に折れたライフルの銃身を打ち込まれたまま、物言わぬ金属の塊へと成り果てている。
「……はぁ、はぁ……。動かない、わよね? こいつ」
マイアが、肩で息をしながら、折れたライフルの銃身を握り締めたまま問いかける。その手は、過度の緊張と衝撃で小刻みに震えていた。
「大丈夫……みたい。完全に、火花も消えたよ」
ナナイが脇腹をさすりながら、ふらりと立ち上がる。
「……サトウ、あんた無事? 最後に狙われてたみたいだけど」
「ええ、なんとか。……それよりクロ、大丈夫か?」
佐藤は、自分の足元で膝をついているクロに手を貸そうとした。
先ほどの、空間を震わせるような絶叫。あれは単なる鳴き声ではなかった。クロの体は、まるで高熱を出した後のように熱を帯びている。
「……ほっといて。ちょっと、喉が変なだけだから」
クロは佐藤の手を撥ねのけるようにして立ち上がった。瞳の白銀色の輝きは消え、元の黄金色に戻っている。
「……あいつ、アンタを殺そうとした。だから、アタシが止めた。感謝しなさいよね」
強気な口調とは裏腹に、その脚はわずかに震えている。佐藤が心配そうに視線を向けると、彼女は「何よ」と鋭く睨み返し、マイアとの間に割り込むようにして佐藤の服の裾を掴んだ。弱っている姿を見せたくないという、彼女なりの強がりなのだろう。
(……あの時、クロは何をしたんだ? 敵の動きを完全に止めた。まるで、機械の神経を直接焼き切るような……)
佐藤は思考を巡らせる。元ドライバーの彼に、ナノマシンや電子干渉といった理論は分からない。だが、配送中にラジオの電波が激しく乱れた時のような、あの不快な「歪み」が彼女から放たれたことだけは確信していた。
「……マイアさん、そのライフル……」
佐藤が声をかけると、マイアはハッとしたように自分の手元を見た。
自作し、これまで幾多の窮地を共にしてきた相棒。その心臓部とも言える機関部が、執行者の剣によって無残に叩き折られている。
「……修復は、無理そうね。この場所には予備の部品もないし」
マイアは寂しげに目を伏せ、折れたライフルをそっと床に置いた。リーダーとしての毅然とした態度を崩さないように努めているが、唯一の遠距離武器を失った不安が、その横顔に影を落としている。
「……謝らないでください。マイアさんがいなければ、僕たちは今頃この冷たい床に転がされていた。……武器なら、また作りましょう。ここにある資材を使えば、もっといいものが作れるかもしれません」
佐藤が努めて明るい声で言うと、マイアは驚いたように顔を上げた。
「……ヒロ」
無意識だった。
よそ者である彼を、これまでは「サトウ」と呼んでいた。だが、共に死線を越え、自分を真っ直ぐに見つめるその男の瞳に、彼女の心の一部が溶かされたのかもしれない。
マイアはすぐに頬を朱く染め、ぷいと顔を背けた。
「……な、なに笑ってるのよ。ほら、さっさとここを離れるわよ! 騒ぎを聞きつけて、また変なのが来るかもしれないし!」
「そうですね。……クロ、無理はするなよ」
「わかってるわよ。あんたこそ、フラフラしてると置いていくからね!」
クロは佐藤の裾を離すと、わざとらしく前を歩き出した。だが、時折チラチラと背後の佐藤を振り返り、マイアが彼に近づきすぎていないかを確認するのを忘れない。
その様子を、少し離れた場所で短刀の手入れをしていたナナイが、口角をわずかに上げて眺めていた。
「……へぇ。お熱いこと。ま、アタシはこいつの『中身』に興味があるけどね」
ナナイは執行者の装甲の隙間に短刀を差し込み、手際よく何かを抉り出した。それは、鈍く光る結晶体のようなパーツだった。
「サトウ、これ。あんたなら、何かの材料にできるんじゃない?」
「これは……?」
「わかんない。でも、この塔の『心臓』と似た輝きをしてる。……さっきの騎士の、『心臓』かもね」
佐藤はナナイから受け取った未知の部品を、腰のポーチに仕舞い込んだ。
一行は、沈黙した執行者を背に、さらに塔の深部へと足を進める。
マイアは腰の長剣を引き抜き、先頭に立って周囲を警戒する。その背中は頼もしいが、時折、背後にいる佐藤を意識して、歩調がわずかに乱れるのをナナイは見逃さなかった。
高度な文明。感情を捨てた人形たち。そして、自分たちを「最優先排除対象」と認識したこの塔のシステム。(……俺たちは、ただの不法侵入者じゃなくなったってことか)
佐藤は、自作のメイスの柄を握り直した。
50歳の経験と、若き仲間たちの力。それだけが、この冷たい光の檻を突破する唯一の鍵だった。




