第28話:静寂の亀裂
壁が「ガタン」と閉まり、背後から響いていた警備兵たちの怒声と金属的な足音が遠のいた。
一行が滑り込んだ先は、人一人が這って進むのがやっとの、極めて狭いメンテナンス通路だった。
「……はぁ、はぁ……。あ、危なかった……」
ナナイが壁に背を預け、荒い息を吐き出す。彼女の鋭い目がこの隠し穴を見つけなければ、今頃はあの冷たい床に転がされていたはずだ。
「ナナイさん、助かりました。……皆さん、怪我はあないですか?」
佐藤は狭い空間で身を縮めながら、仲間の無事を確認した。
背中で息を切らしているクロ、そして暗闇の中で剣の柄を固く握りしめているマイア。皆、極限の緊張状態にある。
「アタシは……大丈夫。でも、アイツら、本気で殺しに来てたね」
クロが低い声で唸る。彼女の黄金色の瞳は、暗い穴の中でも獲物を狙う獣のように光を放っていた。
「……サトウ、さっきのあの男のことだけど」
マイアが、重苦しい沈黙を破るように口を開いた。
「自分の受け持った仕事以外は見えていないみたいだった。まるで、命のない人形が動いているみたい。あれが本当に、私たちの目指すべき『上の世界』の人なの?」
佐藤は、先ほどの光景を脳裏に浮かべた。
あの男の目は、道路を流れる信号機のように無機質だった。異常事態を「自分の担当外」として切り捨てる様は、現代社会の官僚主義を極端にしたような、あるいは完全にプログラムされたシステムの末端そのものだ。
「……おそらく。あの人たちは、この場所を統べる『主』に、考えることのすべてを預けてるんでしょう。自分という心を捨てて、大きな道具の一部として生きることが、ここでは当たり前なのかもしれません」
佐藤の言葉に、通路内に冷たい空気が流れる。
50年の人生を歩んできた彼にとって、それは文明の進化というよりは、人としての輝きを失った姿に見えた。
「……そんなの、アタシはいやだよ」
ナナイが短刀の刃を指先で弾き、無機質な音を立てた。
「決められたことしかしないなんて、生きてるって言わない。アタシたちは、自分の足でここまで来たんだ」
「うん、その通り。私たちは誰かの道具じゃない。……さて、進みますか。この道は、建物の奥深くへ繋がっているはずだから」
佐藤を先頭に、一行はさらに奥へと這い進む。
時折、壁の隙間から「居住区」の光景が細く漏れ聞こえてきた。
規則正しく繰り返される、物を掃くような音。
感情の起伏がない、空から降ってくる案内放送の声。
佐藤には、それがこの巨大な都市を維持するためのバックグラウンド・プロセスのように感じられた。美しく整えられた空間であればあるほど、そこに人の体温は感じられない。
しばらく進んだ時、佐藤の感覚が異変を察知した。
「……ちょっと待って。この先、風の流れが変わった。……広い場所に出ます」
通路の突き当たりにある格子の蓋を慎重に押し開けると、そこには、これまでの美しい部屋とは一変した、巨大な「空洞」が広がっていた。
無数の太い綱が血管のように壁を這い、その中心には、鼓動するように青白く光る巨大な柱がそびえ立っている。
「……何、これ……?」
マイアが息を呑む。
「……多分この塔の、心臓ですよ」
佐藤は直感した。
現代でいえば発電所かサーバーセンターのようなものだろう。ここが、この階層のエネルギーを支えている最も重要な区画であることは間違いない。
だが、その「心臓」を見下ろす高い橋の上には、先ほどの動く人形たちとは明らかに格が違う、純白の甲冑を纏った「人」のような姿が静かに佇んでいた。




