第27話:歯車の住人
居住区に入ってから、道の質感は劇的に変わっていた。
金属の冷たさは影を潜め、壁には淡い光を放つ装飾が施されている。床は柔らかい樹脂に覆われ、四人の足音を無機質に吸い込んでいた。
不意に、先頭を行くナナイが鋭く右手を挙げた。全員が物陰へと滑り込む。
ナナイが指さした先――広い道の向こうから、複数の足音が近づいてきた。
「ガコン、ガコン」という重厚な警備ロボットの足音。そして、その後ろに続く、軽やかな二組の足音。
佐藤が物陰から覗き見ると、そこには巨大なロボットの背後を、周囲を警戒しながら歩く「二人の人間」の姿があった。
「サトウ、あれって……人だよね?」
ナナイが耳元で驚きを込めて囁く。
「……そうですね。とにかく見つからないように、静かに移動しましょう」
一行は物陰から物陰へ、息を殺して移動を続ける。だが、運命は非情だった。
「!!」
背後から、不意に呼び止める声がした。
「お前たちは、ここでいったい何をしている?」
ゆっくりと振り返ると、そこには頭から足の先まで一体型になった、真っ白なスーツを着た男が立っていた。
佐藤は二人を背に隠すように一歩前へ出て、男の虚ろな瞳を見据える。
「……私たちは、上に行くためにここを通りすがっただけです。邪魔をするつもりはありません」
「お前たちが侵入者なのか?」
男の問いに、佐藤の背中に冷たい汗が流れる。もうダメだ、戦いになる――そう覚悟しながら、佐藤は最後の賭けに出た。
「……見逃しては、もらえませんか」
すると、男は表情ひとつ変えず、意外な言葉を口にした。
「私がアイリスより受けた役割は、警備ロボットのメンテナンスだ。それ以外は私の仕事ではない」
男はそれだけ言うと、佐藤たちへの興味を完全に失ったかのように踵を返し、そのまま歩き去っていった。呼び止める佐藤の声にも振り返らず、まるで決められたレールを戻る機械のように、その姿は角の向こうへ消えた。
「……いったい、どういう事?」
呆然とするマイアが問いかける。
「……やはりな」
佐藤の胸に、冷たい確信が沈んでいた。
二人の気力を保つために「人が住んでいるはずだ」と説いてはきたが、かつて目にしたあの無機質な監督官の姿が、佐藤の脳裏から離れなかった。この先にいるのは、血の通った人間ではなく、システムに飼い慣らされた「部品」に過ぎないのではないか――その予感が、今の男の態度で現実のものとなった。
「おそらく彼らは、割り当てられたこと以外はしなくても良いと言われているのでしょう。……とにかく、先を急ぎましょう」
猶予はなかった。さらに奥へ進んだ時、前方の物陰から、先ほどの警備ロボットが立ち塞がるように現れた。さらに、いつの間に回り込まれたのか背後からも二人の警備兵が銃口をこちらに向けて立っている。
「侵入者を発見。これより排除を開始します」
警備兵の一人が、感情の欠片もない声で肩の無線機に告げた。
「……ヒロ、アタシはもう大丈夫。アタシが前のヤツをやるから、ヒロたちは後ろをお願い!」
背中のクロが鋭く囁くと同時だった。彼女は佐藤の背中を力強く蹴り、そのまま弾丸のような速さで警備ロボットへと直接飛びかかった。空気を震わせる咆哮が回廊に炸裂する。
「二人とも、いまです!」
佐藤の号令と同時に、マイアとナナイが地を這うような速さで背後の警備兵へと突進した。
佐藤は即座に腰のスリングショットを引き絞る。弾丸は、コミュニティを出る際に拾い集めておいた重厚なナットだ。
「ビュッ!」という風切り音と共に、佐藤の放ったナットが警備兵のバイザーを的確に叩き割る。
「ぐっ……!?」
怯んだ隙を、ナナイの短刀とマイアの剣が逃さない。
数秒後。コアを抉られたロボットと、床に崩れ落ちた二人の警備兵。その真ん中に、息を切らした四人が立っていた。
「ヤツらに居所がバレました! こっちへ!」
佐藤は自分の勘を信じて走り出す。背後からは、大勢の足音が地響きのように迫っていた。
しかし、たどり着いた先は、無情にも高い壁に囲まれた袋小路だった。
(しまった……! よりにもよって、こんなところで迷うなんて!)
佐藤が自責と焦燥に押し潰されそうになったその時、壁際に張り付いていたナナイが声を上げた。
「ここ見て! なんか指がかかる部分があって、開きそうだよ!」
佐藤が確認すると確かに壁の隅に人一人が、かがんでようやく通れるほどの小さな溝と、取っ手のような凹みがある。
「ナナイさん! それを引っ張ってください!」
ナナイが凹みに指をかけ、全身の力で引き抜く。「ガタン!」という音と共に壁の一部が外れ、暗い穴が口を開けた。
「開いた! 早く行くよ!」
一行は滑り込むようにその狭い通路へと飛び込んだ。
背後で壁を閉じる瞬間、佐藤は確信していた。この先に待ち受けるものは、今までの比ではない困難な試練であることを――。




