第41話 ルーザー
いつの間にか葵たちとチャールズたちの間にあった壁は消えていた。
オーナーが負けを認めたからだろうか。
「コルネリウスちゃん。途中から口を挟まなかったけど、何か考えがあったの?」
「いえ……ここまで詰め寄られた時点でもう負けを覚悟していただけでし」
「そ。潔いのね。さて、そちらの紳士も潔く負けを認めてくれれば助かるのだけれど」
つかつかとチャールズに歩み寄る。さつまも油断なく、すぐにでもコルネリウスにとびかかれるように近づく。
すると彼はびくっと体を震わせ、こんどは怒声を張り上げた。
「ふざけるな! ふざけるな! 私は負けてない!」
「あなたの負けですよ」
「違う! この負けはあいつの負けだ!」
びしっと指さしたのは当然コルネリウスだ。……いま彼がどんな表情なのかわからないことが少しだけありがたかった。
「私は負けてない! 全部、こいつの責任だ!」
現実逃避したのか、私の脇をすり抜け、非常口から一目散に逃げだした。誰が見ても無様な敗残兵だった。
愚かな卑怯者を無視し、コルネリウスの目を真っすぐに見据える。
「コルネリウスちゃん。申し訳ないけれど……」
あなたを殺す。オーナーからサレンダーを受け取れなかった以上、そうするしかない。
「必要はないでし。このギフトの発動中に高度を下げた場合、ギフテッドではなくなるでし」
つまり放っておいてもコルネリウスはただの山羊になる。なら少しだけでも話をしておきたい気がした。
「質問いい? あなたのギフトの正体は、神曲のルシファー?」
「そうでし。オールインしてもよかったでし?」
「確信がなかったし、あのオーナーが想像を絶するアホだったから一か八かの賭けに出る必要がなかったのよ」
神曲において地獄の最下層に封印されている悪魔であり、堕天使。救世教にとっては大敵だ。
「そりゃ、あのアホには言えないわよね……」
いくら何でもルシファーの名前くらい知っているだろうし、そんなギフトであることを伝えられるはずはない。
おそらくそれが二番目の嘘。最初の嘘は生き物の種類のはず。問題はどうやって。
「コルネリウスちゃん。あなたのその角を誤魔化すように提案したの誰なの?」
少しためらっていたが、もうすぐ消えてしまうため義理立てする必要はないと思ったのか語り始めた。
「もともと善側のギフテッドでし。ギフトの内容は洗脳と言われているでし」
「洗脳のギフテッド!? どんなギフテッドなの!?」
今までちょくちょく話題に出ており、あの河登さんからも逃げ切ったギフテッドなら聞き逃すわけにはいかない。
「直接あってはないでし。あくまでもそのギフテッドの協力者を名乗る相手としか接触していないでし」
「ち。やっぱり慎重ね。でも教えてくれてありがとう」
「うん。もうでもいいでし。ああ。生きるのって、誰かに信頼されるのって、大変でしねえ……」
そう言うとコルネリウスは静かになった。
四本足で立ったままだが、何も語らない。
「コルネリウスちゃん?」
話しかけてもそれは変わらない。さつまが近づき、ふんふんと鼻を鳴らしていた。
「おそらく、眠っているのでしょう。山羊は立ったまま寝ることがあると聞きます」
声の主はいつの間にか背後にいた五月だった。
「そっちは大丈夫だった?」
「ええ。蝙蝠とそのオーナーは逃げました。神父服の男を見かけましたが、あれが山羊……いえ、コルネリウスのオーナーですか?」
「そうね。逃げ出したからオーナーの資格を失うらしいわ」
「つまりこの戦いは……」
ぱんぱかぱーんと気の抜ける音楽が鳴る。試練……いや、巡礼の旅の終わりを告げる合図だったのだろう。




