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星月夜の詩  作者: クマコとアイ


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花蛙の話

ファンタジーと言いますか、なんと言いますか。

第一章 ミュレの沼


 ミュレの沼には、一匹の花蛙が住んでいた。


 花蛙というのは、このあたりではそれほど珍しい蛙ではない。


 背中に花のような模様があるので、そう呼ばれている。


 赤や黄色や白の斑点が、緑色の背中いっぱいに散らばっている。


 遠くから見れば、本当に小さな花畑のように見えた。


 だから、蝶たちは花蛙が好きだった。


「おはよう」


 朝になると、蝶たちがやってくる。


「おはよう」


 花蛙も答える。


 蝶たちは花蛙のまわりをひらひら飛んだ。


 そして疲れると、花蛙の背中に止まった。


 一匹。


 二匹。


 多いときには五匹も止まった。


「重くない?」


 黄色い蝶が聞いた。


「重くないよ」


 花蛙は答えた。


 実際、たいして重くなかった。


 花蛙は蝶たちを乗せたまま、沼のまわりを歩いた。


 水辺には青い花が咲いていた。


 背の高い草の向こうには、アルネの野が広がっていた。


 もっと遠くには、セレナの丘が見えた。


 花蛙はセレナの丘へ行ったことがなかった。


 アルネの野の向こうへ行ったこともなかった。


 ミュレの沼には食べるものがたくさんあったし、眠る場所もあった。


 雨も降った。


 蝶たちもいた。


 だから、どこかへ行く必要がなかったのである。


 その日の昼。


 花蛙は水辺の石に座って、セレナの丘を見ていた。


 いつもと同じ丘だった。


 丘の上を白い雲が流れていた。


 その向こうにも空があった。


「旅に出ようと思う」


 花蛙は言った。


 背中に止まっていた蝶が、羽をひらいた。


「旅?」


「うん」


「どこへ?」


「知らない」


 蝶は飛び上がって、花蛙の顔の前を一周した。


「知らないところへ行くの?」


「そうだね」


「どうして?」


 花蛙は考えた。


 どうしてだろう。


 セレナの丘を見たからだろうか。


 雲を見たからだろうか。


 昨日食べた虫がおいしくなかったからだろうか。


 どれも違うような気がした。


「わからない」


 花蛙は言った。


 蝶は困ったように飛んだ。


 蝶が困ると、飛び方が少しだけ丸くなる。


「いつ帰ってくるの?」


「それもわからない」


「明日?」


「明日は無理だと思う」


「じゃあ、明後日?」


「どうだろう」


 蝶はますます丸く飛んだ。


 花蛙はそれを見ていた。


 やがて蝶は花蛙の背中に戻ってきた。


「ここにいればいいのに」


「うん」


「雨も降るよ」


「うん」


「虫もいるよ」


「うん」


「わたしたちもいるよ」


「うん」


 花蛙は、全部その通りだと思った。


 それでも旅に出ようと思った。



第二章 アルネの野


 翌朝、花蛙は旅に出た。


 持っていくものはなかった。


 そもそも蛙なので、荷物を入れる鞄を持っていなかった。


 蝶たちは沼のはずれまで見送りに来た。


「本当に行くの?」


「行くよ」


「セレナの丘まで?」


「たぶん」


「その向こうにも?」


「行ってみないとわからない」


 蝶たちは顔を見合わせた。


 もっとも蝶の顔は小さいので、本当に顔を見合わせていたのか、花蛙にはよくわからなかった。


「じゃあね」


 花蛙は言った。


「じゃあね」


 蝶たちも言った。


 花蛙は跳ねた。


 ぴょん。


 もう一度跳ねた。


 ぴょん。


 それから歩いた。


 蛙だからといって、いつも跳んでいるわけではない。


 長い旅をするなら、歩いたほうが疲れない。


 アルネの野には、低い草が生えていた。


 風が吹くと、その草がいっせいに同じ方向へ傾いた。


 花蛙は、その中を歩いた。


 ときどき虫を食べた。


 小さな水たまりを見つけると、そこに入った。


 水はミュレの沼より冷たかった。


 でも、悪くなかった。


 昼を過ぎるころには、ミュレの沼はずいぶん遠くなっていた。


 振り返ると、沼のまわりの木々が小さく見えた。


 セレナの丘は、朝より大きくなっていた。


 近づいているのだ。


 当たり前のことだったが、花蛙には少し不思議だった。


 遠くにあったものが、歩けば大きくなる。


 自分がいた場所は、歩けば小さくなる。


 花蛙はそんなことを知らなかった。


 知らなくても、ミュレの沼では困らなかったからである。


 夕方近くになって、風が止んだ。


 花蛙も立ち止まった。


 何かがおかしかった。


 静かだった。


 アルネの野にも虫はいる。


 草もある。


 空には鳥も飛んでいる。


 それなのに、何かが足りなかった。


 花蛙はしばらく考えた。


 そして気づいた。


 蝶がいない。


 一匹もいなかった。


 花蛙は自分の背中を見ることができない。


 けれど、そこに誰も止まっていないことはわかった。


「ああ、いないんだ」


 花蛙は言った。


 誰も答えなかった。


 それも、花蛙にとっては初めてのことだった。


 ミュレの沼で「ああ」と言えば、たいてい誰かが「なに?」と聞いた。


 花蛙はしばらく、その場にいた。


 帰ろうとは思わなかった。


 先へ行こうとも思わなかった。


 ただ、風の止まったアルネの野にいた。


 やがて草の一本が揺れた。


 風ではなかった。


 花蛙は、その草を見た。


 もう一度、揺れた。


 何かがいる。


 花蛙は一歩だけ、そちらへ歩いた。



第三章 ガタシの滝


「ダンケ!」


 そのなにかは言った。


 蛙ははっとした。


 姿がよく見えない。


 なにか生き物のようだった。


 当然だ。声を出すものは生き物に決まっている。


 しかし、蛙は驚いた。


 今は、アルネの野にいた。


 ミュレの沼では、生き物は沼の近くにしかいなかった。


 しかし、この近くには水辺がない。


 そのなにかは、「俺は岩蛙だ」と言った。


「岩蛙?」と、花蛙が聞き返す。


「そうだ。許可のないものは、ここを通ってはならない。俺の縄張りだからな」


「僕は、セレナの丘へ行きたいんだ」


「セレナの丘だと? セレナの丘へ行くには、ここガタシの滝を通らないといけないぞ? 蛙には大きい、数メートルの滝だ」


「僕はそれを超えていくよ」


「お前は不思議な蛙だな」


「僕もそう思う」


 花蛙は、相手が蛙だとわかってほっとしていた。


 同じ蛙どうしなら、乱暴はしないだろうと思ったのだ。


 しかし、その考えはあまいものだった。


 花蛙は、もっとずっとあとになって、それを知ることになる。


「ダンケ!」


 岩蛙は、もういちど大きな声を出した。


 花蛙は、こんどは身構えずに岩蛙の顔をまっすぐ見た。


「俺たちは、このガタシの滝を下りる。それが、蛙である俺たちの役割だ!」


 岩蛙は言った。


 花蛙もなんとなくそんな気がしていた。


 蛙として生まれたからには、いつかはセレナの丘を見なければならない。


 そのためには、この小さなガタシの滝を下りることは、当然のことに思われた。


「僕も行くよ」


「そうだ、ついてこい」


 岩蛙の号令とともに、花蛙はガタシの滝を下っていった。


 それはそんなに険しい道のりではなかったけれど、ところで足を踏み外してしまいそうなところがあった。


 そんなところで、花蛙はジャンプをした。


 前方を行っていて岩蛙も、ときどきジャンプしているようだった。


 そうして、二匹はガタシの滝を下りおえた。


「俺は、ここから先へは行かない。達者でな!」


 岩蛙は言った。花蛙は小さく頭を下げた。また、一人だけの旅が始まる


 ここがなんという土地なのか、花蛙にはわからなかった。


 しかし、ときおりほかの生き物が花蛙のわきをかすめた。


 そんなとき、花蛙は声をかけようとするのだが、相手はすぐに花蛙の脇を通りぬけていってしまった。


 花蛙は、すこしだけ、「さびしい」と思った。



第四章 ニンゲンの野


「ニンゲーーン!!」


「ニンゲーーーーン!!!」


 と、それらの生き物は叫んでいた。


 花蛙は首を傾げた。


 そして、なんのこと?


 と尋ねた。


 それらの生き物は、いつのまにか花蛙の周囲に現れて、花蛙と歩調を共にしていた。


「ニンゲーーン!!」


「ニンゲーーーーン!!!」


 なんのことだかわからなかった。


「それって、なんのこと?」花蛙は、もう一度尋ねた。


 花蛙の周囲を取り巻いていた生き物たちは、その声に振り返って言った。


「おそろしい生き物のことだよ」


「つかまっちゃいけないよ」


「つかまったら食べられちゃうよ」


 怖いことを、その生き物たちは言った。


 花蛙はぞっとした。


「君たちは、なに?」


「僕たちはウスバカゲロウだよ」


 その生き物たちは、言った。


 しかし、花蛙はどんどん歩みを進めていった。


 ニンゲーーンというのがどんな生き物かは知らなかったが、この旅を邪魔されたくはなかった。


 つかまったら食べられちゃう?


 それは恐ろしいことだったが、花蛙はこれまでの旅で恐れを振り払っていた。岩蛙のおかげだった。


 花蛙は、とうとうセレナの丘まで来た。


 そこは、思っていたよりもなだらかな場所だった。


 ミュレの沼で夢見ていた、荒涼の大地とも楽園とも違っていた。


 花蛙はがっかりしたのか?


 がっかりしなかった。


 ここも世界だった。


 そして、僕はまだニンゲーーンに出会っていない。


 と、そのときだった。


「あら、こんなところに蛙だわ、珍しい。なんていう蛙かしら?」


 そう、頭上から言葉を落としてくるものがあった。


 花蛙は、はっとして頭上を見上げた。


 そこには、大きな、とても大きな生き物がいた。


 ミュレの沼の蝶たちとも、岩蛙とも比べられないくらいだった。


 その生き物はさらに言う。


「この蛙、もって帰らない? 新種かもしれないわ?」


「よせやい、そんなことないよ。大方、タガンの沼か何かに住んでいる蛙が、迷ってここまで来たんだろう?」


「そうね」


 その大きな生き物は去った。


 花蛙はほっとした。


 そして、これからどうしようかと迷った。


 辺りを見回すと、さっきと同じ生き物がたくさんいた。ニンゲーーンかもしれなかった。


 それは、巨大な生き物だった。


 きっと、僕をもう一度見つけたら、「とって食ってやろう」と思うのだろう。


 そんな気がした。


 花蛙は、またミュレの沼に帰ろうと思った。


 ミュレの沼の蝶たちに、ニンゲーーンのことや岩蛙のことを話したら、きっと驚くだろう。


 それで十分だった。


 その時だった。


 大空を切り裂いて、一条の光がニンゲーーンの村へと延びていった。


 それは隕石だった。


 ニンゲーーンの村は、炎に包まれた。


 花蛙は、驚き、迷った。


 ニンゲーーンの村へ行くべきなのか、どうかを……

あえて未完にしています。

ひと昔前の読み切りコミックのような感じですね。

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