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星月夜の詩  作者: クマコとアイ


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バスから見える光景

久しぶりの「星月夜の詩」です。

第一章 墓のある光景


 僕の名前は、小山修二。寺山修司とは一字違いだ。もちろん……苗字は違う。


 僕はバスに乗る。部活のために。通学のために。父の見舞いのために……


 今、父は入院している。肺がんだそうだ。


 医者からは、もう長くないかも、などと言われている。


 だから、自然とセンチメンタルになる。


 小学校2年生のときに母が亡くなって以来、僕は父と二人で生きてきた。


 父は不器用な手つきで食事を作り、僕のおやすみを見守った。


 そんな僕も、中学生になるころには父から自立できるようになった。


 反抗期はなかった。


 僕は、ひたすら父に感謝していた。


 父は、とある工場で工場長をしている。そんなに高い身分ではない。


 なんということのない町工場の工場長だ。


 そんな父が、病気にかかった。最初はたんに「体調を崩しただけ」と言っていた。


 でも、父の容態はよくならなかった。


 長年吸い続けたタバコが悪さをしたのかもしれない。


 僕は、「だから禁煙しろって言ったろう?!」と、逆に父をなじった。


 なじったあとで、「すまなかった」と思った。


 病床で、父はただ寂しそうにしていた。


 ──


 僕の乗るバスからは、お墓が見える。


 そのお墓は、恋人の加奈子の家の近くだ。


 日に照らされているお墓を見ると、不気味という思いは湧いてこない。


 ただ、きれいに整理された卒塔婆なんかが、「たたずまい」を見せている。


 檀家の数は多いんだろうか? どうなんだろう? なんていうことを、僕は思う。


 そのお墓のそばの停留所は「谷町三丁目」。


 そして、その次のバス停は「天国」だ。


「天国」なんていう珍しい名前のバス停だから、撮り鉄ならぬ「撮りバス」が時折やってくる。


 その停留所はいつも混んでいる。


 まさか、名前に惹かれて利用しているのではないだろうけれど、そこから乗車する乗客は、主婦、OL、中学生、ビジネスマン……と多様だ。僕も、思わず座席をゆずらなければいけないのか、と身構えたりする。お年寄りも、ときどき乗ってくる。


 だけど……僕のバス旅は快適だ。


 旅というよりは、プチ旅行だけれど。


 父の入院している病院まで、このごろは出かけていく。


 ……


 入院している父は、僕を見ると必ずうなずいた。


 悲壮感はない。


「あるいはだめかも……」などと主治医に言われたのとは違った表情で、僕を見つめてくる。


 僕はまだ若い。


 その若い僕を残して去ることは、父にとっては無念だろう。


 僕も、もちろんそんなことは望んでもいないし、考えてもいない。


 ただ、父はこのごろ聞くようになった。


「大学はどうするんだ? やっぱり、K大はだめか?」──などと。


 俺の遺産で大学には通える……と、父は言った。


 自分の死を覚悟しているようだった。


 僕は、


「何言っているんだ。父さんの老後は俺が世話するよ」と、返す。


 その言葉がわざとらしいと、僕自身にもわかっていた。


(この人は、今生き死にの境界で耐えている……)と、そんな思いが頭をよぎるのだった。


 ──


 そんなある日のことだ。


 僕は、見知らない光景に出会った。


 いや、それは僕がそれまで気づかなかっただけなのだ。


 僕がいつものバス──E19路線に乗っていると、一面に欅並木が広がっていた。


 5月になって、骨のように街路を覆っていた欅の木は、いっせいに新緑を芽吹かせていた。


 それが、道路に折り重なってトンネルのようになっている。


 新緑のトンネルをくぐる……見たこともない光景だった。


 父は、入院してから6か月が経とうとしていた。


 その間に、僕は加奈子から告白された。真剣な表情だった。


 ヴァレンタイン・デーのチョコレートが、重かった。


 僕は、どう答えるべきか迷った。──(将来のことなんて!)


 いや、実際には加奈子は僕と同じ大学に行きたい、と言っただけなのだ。


 そのとき、その場所は、れいの「天国」というバス停のそばだった。


 僕は、世の中のすべての人間が幸福になれるわけではない、とわかっていた。


 父がそうだ。


 母が亡くなり、苦労に苦労を重ねて、今また病気で苦労している。


 父に救いの時期はあったのだろうか? と、僕は思う。


 僕という重荷を育てて、お金に苦労して、それでもなお世間並みの生活を送ろうとする。


 そこには、生活苦しかないはずだった。


 しかし、父はわずかばかりの収入のなかから、保険をかけていることも知っていた。


 僕は、心が苦しい。


 だから、加奈子の告白を受けられなかった。


「僕は、これからずっと君のことを好きでいる自信がないよ……」


 加奈子は、「ずっと恋人でいてね」と言ったのだった。


「ずっと」という言葉は重い。


 父は、今後ずっと病気かもしれない。


 僕は、今後ずっと臆病かもしれない。


 何も、たしかなものなどはないのだ。


 ……


 しかし、その日はそのトンネルが……欅並木のトンネルが、僕の心を救い出すようだった。


 頭上、ではなく前方に光があった。


 道の先に、出口があった。


 僕は、「ああ、今日は晴れだ」ということを強く感じた。



第二章 天国の次


 その日の父は、起きていた。


 ベッドの背もたれを少しだけ起こして、窓のほうを見ていた。


「父さん」


 僕が呼ぶと、父はこちらを向いた。


「ああ」


 それだけだった。


 僕は椅子に座った。


 父のベッドのそばには、飲みかけのペットボトルが置いてあった。


「水、飲んだの?」


「ああ」


「自分で?」


「看護師さんに買ってきてもらった」


 僕は、なんとなく笑った。


「なんだよ」


「いや。別に」


 父も、それ以上は聞かなかった。


 僕たちは、しばらく黙っていた。


 病院の窓からも、木が見えた。


 何の木なのかは知らない。


 僕は植物には詳しくなかった。


「今日さ」


「うん?」


「バスから、欅が見えた」


「欅?」


「たぶん欅。ずっと並んでるやつ」


「ああ」


「すごかったよ。緑のトンネルみたいになってた」


 父は、しばらく考えていた。


「毎年なるぞ」


「え?」


「毎年、あそこはそうなる」


 僕は父を見た。


「知ってたの?」


「そりゃ知ってるよ」


「なんだ」


 僕は、少しがっかりした。


 それは、僕だけが発見したもののように思っていたのだ。


 父は笑った。


「お前が見てなかっただけだ」


「そうみたいだね」


 僕も笑った。


 それから、父は少し咳をした。


 僕は笑うのをやめた。


 父はまた、窓のほうを見た。


「来年も見ればいい」


 父は言った。


 僕は、返事ができなかった。


 来年。


 その言葉は、「ずっと」より短い。


 けれど、今の僕には十分に長かった。


 父が来年もいるのかどうか、僕にはわからない。


 医者にも、たぶんわからない。


 父自身にもわからない。


 僕は、


「うん」


 とだけ答えた。


 ──


 病院を出ると、加奈子からメッセージが来ていた。


『お父さん、どう?』


 僕はしばらく画面を見ていた。


『今日は元気だった』


 そう返した。


 すぐに既読がついた。


『よかった』


 それだけだった。


 僕はバス停まで歩いた。


 帰りもE19路線だった。


 病院前から乗って、いつもの席が空いていたので座った。


 バスは走り出した。


 欅並木は、帰りには反対側からやってきた。


 行きにはトンネルの入口だった場所が、帰りには出口になった。


 当たり前のことだった。


 僕は、それがおかしかった。


 行きと帰りで、入口と出口が入れ替わる。


 だったら、出口だと思っていたものも、反対から見れば入口なのだ。


 そんなことを考えた。


 バスは「天国」に停まった。


 何人かが降りた。


 何人かが乗ってきた。


 女子高校生が二人、笑いながら乗ってきた。


 買い物袋を持ったおばさんが乗ってきた。


 杖をついた老人も乗ってきた。


 僕は席を立った。


「どうぞ」


 老人は、


「ありがとう」


 と言った。


 僕は吊革につかまった。


 バスが発車した。


 天国は後ろへ流れていった。


 僕は振り返らなかった。


 天国の次にも、停留所はある。


 その次にもある。


 終点まで、まだずいぶんあった。


 ──


 数日後。


 僕はまたE19路線に乗った。


 父の見舞いではなかった。


 部活があったからだ。


 同じ道だった。


 同じ墓地が見えた。


 卒塔婆が並んでいた。


 前には、それを見るたびに父のことを考えていた。


 今日も、少しだけ考えた。


 でも、それだけだった。


 墓地の向こうに、洗濯物を干している家があった。


 白いシャツが風に揺れていた。


 小さな子供が、庭で何かを追いかけていた。


 犬かもしれない。


 よく見えなかった。


 バスは進んだ。


 僕は、あっと思った。


 もっと見たかった。


 でも、もう家は後ろへ消えていた。


 次に、コンビニが見えた。


 その次に、ガソリンスタンド。


 その次に、小さな公園。


 ブランコには誰もいなかった。


 そして、欅並木がやってきた。


 緑は、数日前より濃くなっているように見えた。


 そんなに急に変わるものなのだろうか。


 僕にはわからない。


 ただ、今日もトンネルはあった。


 バスは、その中へ入っていった。


 木漏れ日が窓を横切った。


 僕の手の甲にも、ほんの一瞬、光が落ちた。


 僕はスマートフォンを取り出した。


 加奈子とのメッセージを開いた。


 少し迷ってから、打った。


『今度、バス乗らない?』


 送信した。


 ……


 何を話すのかは、決めていなかった。


 ずっと恋人でいられるとも思っていなかった。


 同じ大学へ行けるかどうかも、わからない。


 父が退院するのかもわからない。


 来年の欅を、誰と見るのかもわからない。


 でも、次にこの道を通ることくらいなら、考えてもいいと思った。


 スマートフォンが震えた。


『いいよ。どこまで?』


 僕は笑った。


 どこまで。


 そう聞かれて、初めて気づいた。


 僕は、E19路線の終点を知らなかった。


『終点まで行ってみよう』


 そう返した。


 バスは、緑のトンネルを抜けた。


 前方には、いつもの町があった。


 何も変わっていなかった。


 信号があり、家があり、電柱があり、人が歩いていた。


 僕は、まだバスに揺られていった……


 遠くには、次の停留所が見えていた。


 そこは、僕たちにとって「名前をまだ知らない次の停留所」であるはずだった。

今回はどうだったでしょうか?^^

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― 新着の感想 ―
私も久しぶりに参りました!(´ω`) 前半がkumako様で後半がAI様かなぁ?(・・?)と思いました。 欅並木が話に加わってから、作品に彩りが入ったように感じました。 あえてラストに決着をつけていな…
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