花園に舞う蝶
今回はちょっと哲学的なメルヘンです。
第一章 白い蝶がはじまり
朝露が、花びらの上にあった。
まだ陽は昇ったばかりで、花園の半分ほどは薄い影の中に沈んでいる。
白い花があった。
黄色い花があった。
青い花があった。
名前を持たない小さな花々は、石畳の割れ目にも咲いていた。
その上を、一匹の蝶が飛んでいた。
白い蝶だった。
白い蝶は黄色い花にとまり、羽を閉じた。
朝露がひとつ、葉の先から落ちた。
蝶はまた羽を開いた。
花園の中央には噴水があった。
けれど、水は出ていなかった。
丸い水盤には昨夜の雨が溜まり、その水面に空が映っていた。
白い蝶が水盤を越える。
すると、青い蝶が一匹、あとを追った。
二匹はしばらく絡み合うように飛び、やがて別々の花へ降りた。
風が吹いた。
花々がいっせいに同じ方向へ傾いた。
水盤の空が揺れた。
花園を囲む白い柵の向こうでは、背の高い草が波のように動いていた。
昼になると、蝶は増えた。
白い蝶。
青い蝶。
黄色い蝶。
羽の端だけが黒い蝶。
薄い翡翠色の蝶。
数えられないほどの蝶が、花園の上を舞っていた。
花から花へ。
影から光へ。
光から、また影へ。
そうして陽が西へ傾きはじめたころだった。
一匹の赤い蝶が飛んできた。
ほかの蝶よりも、ほんの少し大きかった。
赤い蝶は花にはとまらなかった。
噴水の上を一周した。
もう一周した。
そして三度目には、水盤の縁にとまった。
風がやんだ。
花々が動かなくなった。
白い蝶も、青い蝶も、黄色い蝶も、それぞれの花にとまったまま羽を閉じた。
赤い蝶だけが、羽を開いていた。
水盤には夕方の空が映っている。
赤い蝶が、そこへ飛び込んだ。
水音はしなかった。
波紋もなかった。
水面には、赤い蝶が映っていた。
空を飛んでいるように。
けれど花園にはもう、赤い蝶はいなかった。
第二章 赤い蝶はすべてを終わらせる
名前は、ものたちの間に振り撒かれていった。
青い花には、「テンニンカラクサ」という名前がついた。
白い花には、「モクレン」という名前がついた。
それらの花は、それぞれ違う花だった。
やがて、世界が渦巻き始めた。
虚空の一点に起こった嵐が、全体を巻き込むように回転を始める……
白い蝶、青い蝶はその渦の中に巻き込まれた。
静寂があたりを支配する。
すべてが飲み込まれた瞬間、「存在」が周囲にむかって声を発した。
『ここは、絶対である』
何が絶対なのだろう?
渦のなかに飲み込まれた、白い蝶、青い蝶にはわからなかった。
しかし、やがていたずらっぽい性格の白い蝶が、その渦の中から飛び出してきた。
白い蝶は、世界に魔法をかけるかのように羽ばたく。
青い蝶がそれに次いだ。
世界は明けた。
大地に集う様々な命たちが、声高に賛歌を奏で始めた。
白い蝶は、よろこびに満ちて羽ばたきを繰り返す。
白い蝶が呼ぶのは、風だ。
風は、海だけだった世界に大地を作り、山々を作り出した。
そうして、山々には木々が茂った。
白い蝶は、もはやためらわなかった。青い蝶、黄色い蝶、羽の端だけが黒い蝶、薄い翡翠色の蝶も同様である。
蝶たちは、歌のなかで自分たちの存在を無にした。
そうして、花園は高みへと上がった。
それは、一つの楽園だった。
やがて動物たちの子どもが産声を上げる。それらの声は、蝶たちの羽ばたきに呼応した。
世界そのものが、ひとつの渦になっていった。
この世界に最初に現れた白い蝶は、いなくなった赤い蝶のことを悼んだ。
それは、葬送歌とは違うものだった。
宇宙がしゃっくりをしたときに上げるような、おどけた声だった。
宇宙は静かになった。
また初めから、白い蝶が羽ばたいた。青い蝶と赤い蝶がそれに続いた。
赤い蝶は再生したのだ。
赤い蝶は、『輪廻』という名前の蝶だった。
天頂付近に、花園はあった。
でも、誰もその花園を見ていなかった。
一回ごとの生成と消滅が、その花園にとっては必要だった。
やがて、花園の存在は忘れられた。
蝶たちの名前は忘れられた。
白い蝶も、赤い蝶も、青い蝶も、羽の端だけが黒い蝶も、薄い翡翠色の蝶も、今では単なる「蝶」だった。
前半も後半も抽象的なので、どちらがAIかは難しいかもしれませんね。^^




