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星月夜の詩  作者: クマコとアイ


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16/24

昨日は燃えるゴミの日

日常系のSFです。

第一章 昨日を捨てる資格


『あなたは昨日を捨てる資格を手にしました』


 ……そんな葉書が区役所から送られてきたのは、八月九日のことだった。


 それ以来、悶々としている。


(昨日を捨てるって、なんだ?)

(どうして、区役所からこんな葉書が送られてくる?)

(それに資格って? どういう基準で選ばれたんだ!?)


 頭のなかに疑問が渦巻く。尋常じゃない。


 区役所に問い合わせてみようかとも思ったが、答えてくれる職員はいないだろうと思えた。


 お役所はあくまでもお役所である。部署をたらいまわしにされるのが落ちだ……


 だから、二週間ほどは放っておいた。


 二週間ほどが経って、(そういえば昨日は燃えるゴミの日だったな)などと、のんびりしたことを思う。


 このへんはゴミ出しのルールが厳しくって、見回りのおばさんなんかに睨まれると、時間外に出したゴミ袋などは持ち帰らされることもある。


(まあ、そのほうが治安にとっては良いんだけれどね……)


 アパートなんかは、だから独自に自分たちだけのゴミ箱を設置している。


 わたしの家は一軒家である。皆と同じく、町内会が設置したゴミ集積場にゴミを捨てる。もっとも、そのゴミ集積場には「ここはゴミ捨て場ではありません!」なんて書かれているんだけれど……ゴミ捨て場だろう?


(そういえば昨日は燃えるゴミの日だったな)という思考から巡り巡って、わたしは自分が「昨日を捨てる資格を手にした」という区役所からの通知について思い出した。


 よく、その葉書を確認すると、『この資格を確定させるためには、以下のQRコードで当該のURLにアクセスしてください』と、書いてある。


 わたしはさっそくスマホを取り出すと、QRコードをスキャンした。


 スマホから陽気で馬鹿げた音楽が流れる。そのサイトに埋め込まれている動画かなにかだろう……手の込んだ作りをしている。っていうか、利用者をおちょくっているのか? このサービスは……


 そんな思いに駆られた。


 しかし、その後の手続きはいたってまじめなものだった。


『昨日棄捨資格取得証明書をダウンロード(お近くのコンビニでプリントアウトできます)』


『昨日棄捨資格取得カード、郵送の申し込み(通常1~2週間でお手元に届きます)』


(なるほど、まじめな行政のサービスなんだ)と、わたしは考えた。


 ときに、22世紀である。生活は便利になり、争いも減った。戦争は今のところ、世界のどこでも起きていない。


 その陰に、こういう行政の地道なサービスがあるのだろうか……まじめくさってそんなことも思う。


(まあ、いいや。わたしは昨日が捨てられれば、それに越したことはないんだ。さて、どんな昨日を捨てよう?)


 朝食のパンを齧りながら、わたしはそんなふうに思い悩むのだった。


 そして、十日後『昨日棄捨資格取得カード』が届いた。


 ゴミ集積場に行ってみる。よくよく確認してみると、『昨日棄捨資格取得カード』を読み込ませる装置がついている。


 わたしはさっそく試してみる。今日は水曜日で、ちょうど『昨日棄捨日』にあたっていた。


「わたしの昨日を忘れさせて!」独り言にしては大きな声で、わたしは呟く。


 その瞬間だった。世界がまばゆく光ったような気がした。


 そして、わたしのなかからは昨日=九月三日の記憶が抜けていた。きれいさっぱりと、消え去ったのである。


 職場へ行くと、いつもとは様子が違っていた。


 上司のK部長が話しかけてくる。


「唯くんなあ、昨日の契約トラブルだけれど、先方が自分たちの非を認めて謝ってきたよ。君は何も悪くない」


 なんのことだか分らなかった。わたしからは、昨日の記憶がすっぽりと抜け落ちていたから。


 しかし、『昨日棄捨資格取得カード』がうまく機能したのは間違いない。わたしはほっとし、いくぶん安心した。


 これは、世界に害をなすカードではないのだ……


 そして、どうやら『昨日棄捨資格取得カード』はわたし以外の世界にも作用するらしい。世界が微妙に変わっているのだ……


(だからこそ、『昨日棄捨資格』であって『昨日棄捨権利』ではないのだろうか……)そう、わたしは思う。


 それからの日々、わたしは順調に日常生活を送っていた。


 時折『昨日棄捨資格取得カード』を使うことがあったが、そんなときには世界のほうからわたしに合わせてくれるように、すべてが丸く収まっている。(もしかして、戦争が世界からなくなったのは、この機能のせいかしら……)など。


 しかし、トラブルは起こった。


 わたしは恋人の塔也と喧嘩をした後、そのことを忘れたいと思って『昨日棄捨資格取得カード』を使ってしまったのだ。


 うかつだった。『昨日棄捨資格取得カード』は気分で使うものじゃない。


 わたしは、塔也と喧嘩した原因を忘れた。喧嘩したこと自体を忘れた。しかし、塔也はわたしと喧嘩したことも、その原因も忘れてはいないようだった。


 塔也が、職場のわたしのデスクを訪ねてきて、初めてわたしはそのことを「知った」。


「なあ、昨日は俺が悪かった。ぜんぶ俺のせいなんだよ……」塔也はそんなことを言う。


 わたしは首を傾げながら、「なんのこと?」と問い返すのだった。



第二章 捨てられなかった昨日


「なんのこと?」


 わたしがそう言うと、塔也はしばらく考え込んでいた。


「……お前、あんなに大事なことなのに、とぼけるなよ」


「とぼけていないわ。本当になんのことだか?」


 やがて、何かに気づいたのかわたしの顔をじっと見つめて、


「唯。おまえ、まさか……」


 と言った。


「なによ?」


「昨日を捨てたのか?」


 わたしは驚いた。


「知ってるの? 昨日棄捨資格取得カードのこと」


「知ってるよ。俺も持ってるから」


 塔也は財布から一枚のカードを取り出した。


 わたしのものと同じだった。


 青い地に、白い文字で『昨日棄捨資格取得カード』と書かれている。


「じゃあ、塔也も昨日を捨てたことがあるの?」


「ない」


 即答だった。


「一度も?」


「一度も」


 わたしには不思議だった。


「なんで?」


「捨てたら、昨日の俺に悪いだろ」


 わたしは思わず笑ってしまった。


「なにそれ」


「昨日の俺だって俺だよ。今日の俺が気に入らないからって、勝手に捨てられたらたまったもんじゃない」


「昨日の塔也はもういないじゃない」


「いるよ」


 塔也は自分の胸を指差した。


「ここに」


 そんな恥ずかしい台詞を平然と言えるところが、わたしは昔から少し苦手だった。


 そして、たぶん、好きでもあった。


「で、昨日なにがあったの?」


「教えていいのか?」


「いいよ。わたしの昨日なんだから」


「捨てたくせに」


 そう言われると返す言葉がなかった。


 塔也は、わたしの隣の椅子に腰掛けた。


「『クリスマスを過ぎたら結婚しよう』って言ったんだ」


「誰が?」


「俺が」


「誰と?」


「おまえとだよ!」


 思わず、二人で笑ってしまった。


 しかし塔也はすぐに真顔になった。


「それで唯が怒った」


「どうして?」


「俺にも分からない。だから喧嘩になった」


「わたし、結婚したくないって言ったの?」


「いや。結婚するのはいいけど、今言うなって」


「なんで?」


「知らないよ。だから俺も腹が立って、だったらいつならいいんだって聞いた。そうしたらおまえが泣いた」


 わたしは黙った。


 何も覚えていない。


 けれど、昨日のわたしが泣いた。


 その事実だけが、わたしとは別の人間の出来事のように残されている。


「……ごめん」


「謝るなよ。覚えてないんだから」


 塔也は立ち上がった。


「また連絡する」


 そして自分の部署へと帰っていった。


 わたしは仕事どころではなくなった。


 なぜ昨日のわたしは泣いたのだろう。


 そればかりを考えていた。


 翌日、わたしは区役所へ行った。


 昨日棄捨課は、戸籍住民課の隣にあった。


 なんとも地味な場所だった。


「昨日を取り戻したいんです」


 窓口の女性職員に告げる。


「できません」


 即答だった。


「どうしてですか?」


「捨てた昨日は焼却されますので」


 燃えるゴミだったのか。


「でも、わたし以外の人は覚えているんです」


「はい」


「今までは、そんなことなかったんです。契約トラブルを捨てたら先方が謝ってきたし、ほかのことも、世界のほうが辻褄を合わせてくれました」


「はい。それが昨日棄捨制度です」


「だったら、どうして塔也は覚えているんですか?」


 職員はわたしの端末画面を確認した。


「ああ」


 何かに納得したらしい。


「相互資格者ですね」


「なんですか、それ?」


「昨日棄捨資格を持つ者同士は、相手の昨日を棄捨できません」


「そんなこと、どこにも書いてなかった!」


「利用規約の第八十二条にあります」


 読むわけがない。


「じゃあ、どうしてそんな仕組みになってるんです?」


 職員は少し困ったような顔をした。


「昨日を捨てることで、世界は平和になりました」


 突然、大きな話になった。


「国家間の憎悪、民族間の対立、報復感情。そうしたものの多くは、昨日を棄捨することで調整できます。ですが、全員がすべてを忘れてしまえば、人類は経験そのものを失います」


 わたしは黙って聞いていた。


「ですから、昨日を捨てられる人と、その昨日を覚えている人が必要なんです」


「それが……資格者?」


「はい。資格者とは、忘れる資格を持つと同時に、誰かの昨日を覚えている資格を持つ者です」


 わたしは、『昨日棄捨資格取得カード』を取り出した。


 急に重くなったように感じた。


「どうして、わたしが?」


「選定基準はお答えできません」


「お役所ですね」


「お役所ですので」


 職員は笑った。


 区役所を出てから、塔也に電話した。


「昨日のこと、もう一回話して」


『昨日?』


「わたしが捨てた昨日」


 電話の向こうで、しばらく沈黙があった。


『結婚しようって言った』


「うん」


『おまえが怒った』


「うん」


『それから――』


 塔也は一つ一つ話した。


 わたしが何を言ったのか。


 塔也が何を言い返したのか。


 どこでわたしが泣いたのか。


 最後に、わたしが「今日はもう帰って」と言ったこと。


 聞いているうちに、不思議な気持ちになった。


 思い出したわけではない。


 昨日は戻ってこない。


 それでも、塔也の言葉を通して、昨日のわたしが少しずつ形を取り戻していった。


 そして、ようやく分かった。


「わたし、怖かったんだ」


『なにが?』


「幸せになるのが……。クリスマスじゃ早すぎた」


 塔也は何も言わなかった。


「たぶんね」


『そうか』


「だから、昨日のわたしは怒ったんだと思う」


『じゃあ、今日は?』


 わたしは少し考えた。


「今日は、まだ分からない」


『なんだよ、それ』


「でも、捨てないよ」


『なにを?』


「今日」


 塔也が笑った。


 わたしも笑った。


 昨日を捨てるのと未来まで捨ててしまうのとでは違う……


 その夜、『昨日棄捨資格取得カード』を財布から抜いた。


 捨てようかと思った。


 しかし、やめた。


 机のいちばん下の引き出しにしまった。


 それから何年か経った。


 わたしは塔也と結婚した。


 昨日棄捨資格は今でも持っている。


 カードも失効していない。


 世界では相変わらず戦争が起こっていない。


 たぶん今日も、どこかで誰かが昨日を捨てている。


 そして、どこかの誰かが、その人の昨日を覚えている。


 それでいいのだと思う。


 今日は火曜日だった。


 燃えるゴミの日である。


 朝、ゴミ袋を持って集積場へ行くと、例によって看板には、


『ここはゴミ捨て場ではありません!』


 と書いてあった。


「じゃあ、なんなのよ」


 久しぶりに、わたしはそう独りごちた。


 そしてゴミ袋を置いて、家へ帰った。


 昨日は、捨てなかった。

これもどちらがAIかはすぐにわかりそうですね。

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― 新着の感想 ―
素直に考えていいなら、前半がkumako様で後半がA Iさんですね。 なんとなく会話が単調かなと、私も思えました。でもkumako様が似せて書いていたらもう分かりませんね。(^◇^;) 今回はタイト…
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