表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んだ世界は、土から蘇る  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/11

第8話 白い菌は宝になる


 冬が近づいていた。


 高床式倉庫には大量の麦が積み上がっている。


 去年なら夢のような光景だった。


 だが、人というものは不思議なものだ。


 飢えなくなると、次の不満が生まれる。


 朝食。


 麦粥。


 昼食。


 麦粥。


 夕食。


 少し具が入った麦粥。


 ミアは匙を見つめながらため息を吐いた。


「また麦粥……」


 子供たちも机に突っ伏す。


「味がしないー」


「飽きたー」


 ガルドが眉をひそめた。


「贅沢な悩みだな」


「前は食べる物すら無かったんだぞ」


 それは事実だった。


 だが穣は黙っていた。


 倉庫の麦を見つめる。


「まだ足りない」


 ミアが呆れる。


「今度は何が足りないの?」


 穣は短く答えた。


「豊かさだ」


     ◆


 数日後。


 倉庫で作業していたトーマが大声を上げた。


「おい!」


「またカビだ!」


 村人たちが集まる。


 麦の一部が白くなっていた。


 表面に綿のようなものが広がっている。


 トーマは顔をしかめた。


「捨てるぞ」


「前みたいに腐る前にな」


 だが穣はしゃがみ込み、麦を手に取った。


 指で割る。


 中まで白い。


 そして匂いを嗅ぐ。


 しばらく沈黙。


 やがて口元がわずかに緩んだ。


「違うな」


 ミアが嫌な予感を覚える。


「その顔やめて」


「また変なこと考えてるでしょ」


「宝だ」


 全員が固まった。


「は?」


     ◆


 広場。


 白くなった麦が並べられている。


 村人たちは距離を取っていた。


 トーマが腕を組む。


「どう見てもカビだろ」


「カビだ」


 穣は即答した。


「じゃあ捨てろ!」


「最高のカビだ」


 村人たちがざわつく。


「怖ぇよ!」


「何が最高なんだ!」


 穣は気にしない。


「麹だ」


 当然誰も知らない。


 ミアが首を傾げる。


「こうじ?」


「菌の仲間だ」


「だからカビじゃん」


「カビだ」


 穣は平然としていた。


「だが敵じゃない」


     ◆


 穣は再現を始めた。


 麦を選ぶ。


 洗う。


 蒸す。


 そして木箱へ入れた。


 布をかぶせる。


 暖かい場所に置く。


 子供たちが見張りを任された。


「なんで見張るの?」


「温度が大事だからだ」


「温度?」


「暑すぎても寒すぎても死ぬ」


 子供たちは真面目に交代を始めた。


 数日後。


 木箱を開ける。


 中は真っ白だった。


「うわぁ!」


「増えてる!」


「完全に増えてる!」


 トーマは後ずさる。


 ミアも少し引いている。


 だが穣だけが満足そうだった。


「成功だ」


     ◆


 次の日。


 穣はさらに奇妙なことを始めた。


 麦麹を砕く。


 炊いた麦へ混ぜる。


 木桶へ入れる。


 そして温かく保つ。


 ミアが聞いた。


「今度は何?」


「待つ」


「説明になってない」


「菌が仕事をする」


 数時間。


 半日。


 一日。


 翌朝。


 木桶を開けた瞬間。


 甘い香りが広場に広がった。


 村人たちが顔を見合わせる。


「なんだこの匂い」


「果物みたいだ」


 穣は木匙ですくった。


「飲め」


 最初に犠牲になったのはミアだった。


「なんで私なのよ」


 恐る恐る口に入れる。


 そして固まった。


 目が見開かれる。


「……甘い」


 広場が静まり返る。


「え?」


「嘘だろ?」


 次々に味見する。


 誰もが同じ顔になる。


 甘い。


 砂糖も無い。


 蜂蜜も無い。


 それなのに甘い。


 子供たちは歓声を上げた。


「すごい!」


「もっと!」


「おかわり!」


     ◆


 トーマが穣に詰め寄る。


「なんで甘くなるんだ!」


「菌が麦を分解した」


 全員沈黙。


 ミアが言う。


「分かるように」


 穣は少し考えた。


「菌が飯を作った」


「それなら分かる」


 広場に笑いが起きた。


 子供たちは甘酒を抱えて飲み続ける。


 病弱だった子供たちの頬は赤く染まっていた。


 笑顔が止まらない。


 ガルドはそれを見つめる。


「こんな顔……初めて見たな」


 腹を満たす食べ物ではない。


 楽しむための食べ物。


 それが初めて村に生まれた瞬間だった。


     ◆


 だが穣は止まらない。


 数日後。


 広場に石臼が置かれた。


 麦を挽く。


 粉にする。


 卵を混ぜる。


 甘酒を加える。


 こねる。


 焼く。


 しばらくして――。


 香ばしい匂いが村中に広がった。


 子供たちが駆け寄る。


「なんだこれ!」


「いい匂い!」


 焼き上がった菓子を配る。


 ミアが一口食べる。


 サクッ。


 ほんのり甘い。


 優しい味。


「美味しい……」


 トーマも驚く。


「麦だけでこんな味になるのか」


 子供たちは取り合いを始めた。


「ずるい!」


「それ僕の!」


「返せー!」


 広場は笑い声で満ちた。


     ◆


 夕暮れ。


 ガルドは焼き菓子を手に座っていた。


 一口かじる。


 そして静かに呟く。


「昔の豊かな時代でも……こんな食べ物は無かった」


 豊作。


 保存。


 飢えないこと。


 それだけでは豊かではない。


 美味しいと思えること。


 笑いながら食べられること。


 それもまた豊かさだった。


     ◆


 夜。


 倉庫の前。


 ミアが穣の隣に座った。


「結局さ」


「麹って何なの?」


「菌だ」


「それは知ってる」


 穣は少しだけ空を見上げた。


「見えない職人だ」


 ミアは首を傾げる。


「職人?」


「人間には出来ない仕事をする」


「麦を甘くする」


「食べ物を変える」


「命を繋ぐ」


 穣は白い麹を手に取った。


「土にも菌がいる」


「水にもいる」


「食べ物にもいる」


「見えないだけで、世界は働き者だらけだ」


 ミアは少し笑った。


「穣らしい答えね」


     ◆


 翌朝。


 広場では子供たちが焼き菓子を取り合っていた。


 甘酒を飲みながら笑っている。


 病気ばかりだった子供たちの姿はもうない。


 穣は静かに麦麹を見つめた。


 誰も価値を知らなかった白い菌。


 だがその小さな命が、村に初めての甘さをもたらした。


 穣は呟く。


「生き物は、使い方次第だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ