第6話 空を食う畑
収穫を終えた畑には、乾いた風が吹いていた。
黄金色だった麦畑は刈り取られ、地面だけが残っている。
だが——。
以前より土は柔らかかった。
踏めば少し沈む。
湿り気もある。
それでも穣は眉をひそめていた。
「減ってるな」
トーマがうんざりした顔をする。
「またかよ……」
ミアも呆れ気味に言った。
「豊作だったんでしょ?」
「採ったからだ」
穣は土を握る。
黒い。
柔らかい。
だが力が弱い。
「麦は土の飯を食って育つ」
ガルドが険しい顔になった。
「つまり……豊作ほど土が痩せるのか」
穣は頷く。
「戻さなきゃ終わる」
◆
翌日。
穣は村外れの痩せ地へ向かっていた。
石が多い。
草もまばら。
村人たちが見向きもしない土地だ。
そこへ穣は豆の種を撒き始めた。
トーマが顔をしかめる。
「麦じゃねぇのか?」
「今欲しいのは収穫じゃない」
穣は鍬を入れる。
「土だ」
当然、誰も意味が分からない。
ミアが首を傾げる。
「豆植えたら土になるの?」
「育てる」
「もっと意味分かんない」
◆
穣はさらに、前回見つけた豆の根を持ってきた。
小さな粒——根粒が付いている。
それを潰し、水へ混ぜ始めた。
どろりと赤茶色の液になる。
ミアが半歩下がる。
「また怪しい汁作ってる……」
「仲間を増やす」
「誰の」
「菌の」
トーマが頭を抱えた。
「お前ほんと菌好きだな……」
穣は答えない。
その液を豆畑へ撒いていく。
◆
数日後。
異変はすぐ現れた。
痩せ地のはずなのに、豆だけ葉色が濃い。
茎も真っ直ぐ伸びている。
カイがしゃがみ込む。
「元気」
穣は静かに頷いた。
「働いてるな」
根を掘る。
すると根には、丸い粒が大量についていた。
ミアが顔を近づける。
「虫?」
「菌だ」
穣は根粒を指で潰した。
中は赤っぽい。
穣は空を見上げる。
「空気の中には窒素がある」
「でも普通の植物は食えない」
「こいつらは違う」
根粒を見せる。
「豆と組んで、空を土へ変えてる」
沈黙。
トーマが口を開いた。
「……は?」
「また始まった……」
ミアも遠い目をする。
◆
その日の夕方。
穣は畑へ棒で図を書いていた。
① 麦
↓
② 豆
↓
③ また麦
「回す」
ガルドが目を細めた。
「作物を変えるのか?」
「同じ物ばかり育てると偏る」
穣は土を指差す。
「自然は混ざってる」
トーマが反発する。
「でも豆植えたら麦減るだろ!」
「食うもん減るじゃねぇか!」
穣は静かに答えた。
「今だけ見ればな」
「また未来の話かよ!」
トーマは苛立ちを隠さない。
だが穣は表情を変えなかった。
「未来を食い潰した結果が今の村だ」
その言葉に、トーマは黙る。
ガルドも何も言えなかった。
昔、豊かだった畑。
それが痩せた理由を、皆ようやく理解し始めていた。
◆
数週間後。
豆畑の土は、目に見えて変わり始めていた。
ふかふかしている。
湿り気が残る。
雑草の色まで濃い。
リサが驚いた顔をする。
「水の染み込み方まで違う……」
穣は土を崩した。
小さな塊になっている。
「団粒化してる」
ミアが即座に言う。
「分かる言葉で」
穣は少し考えた。
「土が呼吸しやすくなった」
「あー……なんとなく分かった」
◆
穣はさらに比較を始めた。
一つは麦だけを育て続けた畑。
もう一つは豆を挟んだ畑。
違いはすぐに出た。
連作地の麦は葉色が薄い。
病気も出始めている。
だが豆の後の麦は違った。
葉色が濃い。
根も強い。
倒れにくい。
トーマが呆然と麦を触る。
「肥料減らしたのに……」
「土が作った」
穣は静かに言った。
ミアが麦畑を見回す。
「土って、そんな変わるんだ……」
「整えればな」
◆
夜。
穣は豆の鞘を割っていた。
ぱき、と乾いた音。
中から小さな豆が転がる。
ミアが隣へ座った。
「結局、豆って何なの」
穣は答える。
「土を育てる作物だ」
「収穫だけする畑は死ぬ」
「戻す畑は生き残る」
ミアは豆を摘まむ。
小さい。
だが、この小さな粒が村を変え始めている。
そんな気がした。
◆
翌朝。
村人たちは、新しい畑へ豆を植えていた。
これまで麦しか育てなかった土地。
そこへ違う命を入れる。
最初は半信半疑だった村人たちも、今は黙って鍬を動かしている。
カイが小さく笑った。
「畑、柔らかい」
穣は土を踏む。
沈む。
湿っている。
生きている。
風が吹いた。
麦畑だった場所に、新しい緑が広がっていく。
穣は空を見上げ、小さく呟いた。
「循環は、自分で増える」




