第5話 強い種を残せ
収穫を終えた村には、久しぶりに明るい空気が流れていた。
広場には積み上がった麦袋。
子供たちは麦束の山へ飛び込み、笑い声を上げている。
村人たちも酒を回し、今年の実りを喜んでいた。
だが——。
その輪の中に、土門穣はいなかった。
◆
穣は倉庫の隅で、一粒ずつ麦を見ていた。
灯火の下。
無数の麦粒が並べられている。
大きい粒。
小さい粒。
細い粒。
黒ずんだ粒。
虫食いの粒。
ミアが呆れた顔で近づいた。
「皆飲んでるのに、何してんの……」
「揃ってない」
「は?」
穣は麦粒を指で弾いた。
「同じ畑でも全部違う」
そこへトーマもやって来る。
「当たり前だろ」
「違う」
穣は静かに首を振った。
「生き残る力に差がある」
トーマは眉をひそめる。
「麦は麦だろ」
「違う」
穣は一粒を持ち上げる。
「強い奴もいる」
「弱い奴もいる」
「残すべき奴を選ぶ」
◆
翌朝。
穣は大きな水桶を用意した。
そこへ大量の麦を流し込む。
すると——。
ぱらぱらと、いくつかの粒が浮かび上がった。
ミアが目を丸くする。
「うわ……浮いた」
穣は浮いた粒を掬い上げた。
「軽い」
「中身が薄い」
トーマが腕を組む。
「そんなの分かるのかよ」
「分かる」
穣は沈んだ粒だけを布へ広げていく。
さらに、
穂が大きかったもの。
倒れなかったもの。
病気の少なかったもの。
そういう粒だけを選び始めた。
ガルドが感心したように呟く。
「昔の農民も、良い穂は残した」
「だが……ここまで細かくはなかったな」
穣は答えない。
ただ黙々と粒を選び続ける。
◆
夜。
乾燥させた麦を前に、ミアが座り込んだ。
「そんなに変わるの?」
穣は手を止めず答える。
「少しずつ変わる」
「強い奴を残し続ければいい」
ミアは苦笑した。
「気の長い話……」
「農業は未来に触る仕事だ」
穣は静かに言った。
「今日撒いた種は、来年を変える」
「来年の種は、その次を変える」
ミアは少しだけ黙った。
穣の目は、今ではなく何年も先を見ている。
そんな気がした。
◆
だが数日後。
穣は畑を見て眉をひそめた。
葉色が鈍い。
以前ほど勢いがない。
トーマも異変に気づく。
「……なんか元気なくね?」
穣は土を掴んだ。
柔らかい。
だが力が弱い。
「腹減ってるな」
ミアが顔をしかめる。
「土が?」
「収穫した分だけ持っていかれてる」
ガルドが険しい顔をした。
「麦を採るほど痩せるってことか……?」
穣は頷く。
「取り続ければ空になる」
「今までの畑が死んだのも、それだ」
村人たちの顔色が変わる。
豊作。
それは喜びだった。
だが同時に、土から命を奪うことでもあった。
トーマが舌打ちする。
「また足りねぇのかよ……」
「循環が追いついてない」
穣は静かに言った。
「今は土の“貯金”を食ってる」
◆
その帰り道だった。
カイが雑草の中でしゃがみ込む。
「……これ」
穣が振り返る。
そこには、小さな豆の蔓があった。
痩せた土地なのに妙に元気だ。
葉色も濃い。
穣はしゃがみ込み、根元を掘る。
すると——。
根に小さな粒がいくつも付いていた。
穣の目が変わる。
「……いる」
ミアが首を傾げる。
「何が?」
「働いてる」
穣は粒を潰した。
中が赤っぽい。
穣は小さく呟く。
「空を食ってるのか」
「は?」
当然、誰も意味が分からない。
だが穣だけは理解していた。
この植物は、自分で窒素を呼び込んでいる。
土の外から。
空から。
◆
その夜。
穣は豆を持ち帰っていた。
種を乾燥させる。
根を並べる。
ミアが呆れたように言う。
「また変なこと始める気?」
「今度は土そのものに飯を作らせる」
「意味分かんないんだけど……」
穣は静かに根粒を見つめる。
「肥料を撒き続けるだけじゃ終わる」
「自然はもっと上手く回ってる」
トーマが眉を寄せた。
「お前、自然を見てるっていうか……」
「自然と喋ってねぇか?」
穣は少しだけ考えた。
「喋ってる」
「怖っ」
ミアが即座に引いた。
◆
深夜。
村は静まり返っている。
穣は一人、倉庫で土を触っていた。
机の上には、
選別した麦。
豆の種。
発酵液。
そして黒い土。
穣は静かに呟く。
「次は循環そのものを増やす」
風が吹く。
窓の外ではカエルが鳴いていた。
その時。
机の上の豆の根についた小さな粒が、灯火に照らされて赤く光った。
まるでそこに、“見えない命”が宿っているように。




