第10話 村の宝は金になる
冬の終わり。
村では甘酒、焼き菓子、甘酒ヨーグルトがすっかり定番になっていた。
朝になれば甘酒の香りが広場に漂う。
子供たちは焼き菓子を頬張りながら走り回り、牛舎では牛たちが穏やかに草を食んでいる。
ミアはその光景を眺めながら笑った。
「最近、病気の子が減ったね」
ガルドも目を細める。
「顔色がまるで違う」
「村が変わったな」
穣は黙って広場を見渡していた。
まだ終わりではない。
循環は、ここから外へ広がっていく。
◆
その日、一台の荷馬車が村へ入ってきた。
御者台には一人の男。
日に焼けた顔。
鋭い目。
旅商人・ジンだった。
「……おかしいな」
地図を見直す。
「ここは貧しい村のはずだ」
だが目の前にある景色は違う。
煙突から煙が立ち上る。
子供たちは笑いながら走り回っている。
牛は丸々と太り、畑も荒れていない。
ジンは首をかしげた。
「別の村に来たか?」
◆
広場を歩いていると、一人の子供が焼き菓子を食べていた。
「それは何だ?」
子供は笑って差し出す。
「食べる?」
ジンは一口かじった。
サクッ。
香ばしい香り。
そして、ほのかな甘み。
「……美味い」
思わず呟く。
「砂糖は?」
ミアが笑う。
「使ってないよ」
「嘘だろ」
「本当」
ジンはもう一口食べた。
「信じられん……」
◆
今度は白い器を渡された。
「これも食べてみて」
甘酒ヨーグルトだった。
恐る恐る口へ運ぶ。
酸味。
甘味。
滑らかな舌触り。
思わず目を見開く。
「これも村で?」
穣が頷く。
「ああ」
「こんな物を作れる職人がいるのか?」
「菌が作った」
ジンは少し黙った。
「……なるほど」
「この村には変わった職人がいるらしい」
ミアが笑いをこらえていた。
◆
ジンは村を一周した。
高床式倉庫。
乾燥棚。
堆肥場。
牛舎。
鶏小屋。
きれいな水路。
整えられた畑。
一つひとつ見て回るたび、驚きが増していく。
「偶然じゃない」
「全部考えて作られている」
穣が答える。
「全部繋がっているからだ」
「水が土を育てる」
「土が草を育てる」
「草が牛を育てる」
「牛が畑を育てる」
「畑が人を育てる」
ジンは静かに笑った。
「だから農業か」
◆
広場へ戻る。
ジンは焼き菓子をもう一枚手に取った。
「これは売れる」
村人たちが顔を見合わせる。
「売れる?」
「こんなのがお金になるのか?」
穣は迷わず答えた。
「なる」
ジンも頷く。
「町なら何倍もの値が付く」
「甘い物は珍しい」
「保存も利く」
「旅人も貴族も欲しがる」
村中がざわついた。
◆
トーマが呆然としていた。
「俺たちは今まで畑で作ることしか考えてなかった」
穣は静かに言う。
「育てるだけでは半分だ」
「加工する」
「価値を付ける」
「売る」
「そこまでやって初めて農業になる」
トーマは焼き菓子を見つめる。
「畑って……そんなことまで出来るのか」
◆
ガルドもゆっくり口を開いた。
「昔は税を納めるためだけに麦を育てていた」
「余れば終わりだった」
穣は首を振る。
「違う」
「食べる」
「残す」
「加工する」
「売る」
「全部農業だ」
ガルドは静かに笑った。
「わしは長く農民をやってきた」
「だが、まだ農業を知らなかったらしい」
◆
ジンは荷馬車へ次々と荷物を積み込んでいく。
焼き菓子。
甘酒。
甘酒ヨーグルトは日持ちしないため持ち帰れなかったが、何度も味を確かめていた。
「また来る」
「もっと作っておいてくれ」
ミアが驚く。
「本当に全部買うの?」
「全部だ」
「町ならすぐ売り切れる」
村人たちは顔を見合わせ、歓声を上げた。
初めて、自分たちの作った物がお金になる。
それを実感した瞬間だった。
◆
荷馬車はゆっくり村を後にする。
ジンは振り返り、大きく手を振った。
「こんな村は初めて見た!」
「次はもっと面白い物を期待してるぞ!」
馬車は街道の向こうへ消えていく。
◆
夕暮れ。
穣は一人、川辺を歩いていた。
風に揺れる細長い草。
その穂を手に取る。
指先で籾を揉む。
穣の目が静かに見開かれた。
「……あった」
前世で何度も見た植物。
忘れるはずがない。
野生の稲だった。
穣は小さく笑う。
「次は、お前の番だ」
春風が草原を駆け抜け、黄金色の穂が静かに揺れていた。




