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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目前期
89/150

第27話-5 舞踏会講習



 ムクロの苦悩をよそに、久しぶりの平穏な日常と忙しい作業で学府の日々は瞬く間に過ぎ去り、とうとう舞踏会の夜がやってきた。



 朝から大食堂は食卓や椅子を片付ける鎧兵と掲示板で依頼を受けた下級生たちとで大賑わいだ(ちなみに下級生は、来年以降自分たちもやると言われ興味津々なのと、大っぴらに訓練を休めるとあって全員参加した)。しかし、日が沈むころには下級生たちはぽつぽつ締め出されていき、夜になると入れ替わるようにして舞踏会の相方を伴った三年生たちと数人の教師が大食堂に残った。



「さて、ん。これから舞踏会講習を行います」


 最後の鎧兵が蝋燭に灯りを付け終えたところで、入れ違いに壇上に進み出たコツラザールが開催を宣言した。沢山の蝋燭が大食堂の中を満遍なく照らし、煌々とした灯りが彼の額をまばゆく照らす。



「と言っても、ごくごく基本的なことです。ん、ですので、皆さん肩肘を張らず、楽しむくらいの気持ちで受けてくださいね。ん」


 簡潔にそれだけ言うと引っ込んでしまったコツラザールに代わり、今度はアルキュスが前に進み出る。



 途端、おお、と男子生徒たちのどよめきが上がった。


 アルキュスの格好は普段見慣れた白衣ではなく、薄い紫を主な色調にした、襞の多いたっぷりした腰布の装束だ。一つ身仕立ての上着と、腰布の左下に鮮やかな二房の万日紅の花が立体感溢れる刺繍で施されているのが特に目を引く。髪を両脇から上へと編みこみ、露にした首筋に毛先を緩やかに垂らしているのが大人の雰囲気を引き立てている。



「細かいことはあたしの性に合わないからざっくり予定を説明するよ。まず、最初の一時間は二手に別れて、舞踏会と立食会の説明を行う」


 そう言ってアルキュスは右手を伸ばした。その先、大食堂の左手は大食卓が残されており、その上には様々なご馳走が並べられている。これらは大食堂付きの料理人が作ったものもあれば、かつてアベルたちが受けたように依頼で下級生が作成したものもあるが、何れも立って食べられるような物ばかりなのが違う。



 立食会の講習までもが組み込まれていたのは生徒たちも預かり知らぬことで、今まで説明も無く隣に料理がおかれていることを不思議に思っていた生徒たちはわあっと歓声をあげた。



「三十分で入れ替え、一時間後は実際の形式にそって各自時間を過ごしてもらう。その際、あたしらが諸君の行動を確認しておくので、注意された者はそれに従うように。終了は今から四時間後を想定するが、注意が無かった者は三時間後には解散しても構わない。もちろん、残って仲間と交友を深めるもよし、食事を堪能するもよしだ。これは諸君らの任務に対する、あたしらが供するささやかな報酬の一端でもある。存分に楽しんどくれ」


 その言葉に、生徒たちはもう一度歓声を上げた。



「ね、ね、アベル。何から食べよっか!」


「もう、あんまりがっつくと後が大変よ?」


 アベルたちは先に立食会の演習を行う側に組み込まれていた。


 色とりどりの料理に早速目移りしているリュリュに、リティアナが嗜めるが、アベルには呑気に料理を気にしている余裕はとてもなかった。



 二人の格好を見たとき、アベルは思わず見惚れたものだ。



 リュリュが着ているのは、真紅の腰布がふわふわと大きく丸みを帯びた装束だ。よくよく見れば、腰布の部分の飾り襞は普段使いの鎧を模した三段重ねと凝った物だ。右肩から胸へ掛けて薔薇の花を模した花飾りが三連ついている。髪留めもそれに併せたものだ。



 リティアナの方は淡い黄色の詰まった襟元が貴婦人のような雰囲気をもつ、肩が露出した大人っぽい衣装だ。水着のときもだが、見た目に反して意外と大胆な意匠を好む癖があるのだろうか。前髪を高く上げて額を出し、後頭部も膨らみをもたせてまとめているのがまた似合う。



 ちなみに二人を見て大口を開けたまま固まったアベルを見て、リュリュとリティアナはしてやったりと笑顔をほころばせた。これだけでも、自作に拘った意義はあったろう。



 そんな二人のやり取りに苦笑したアベルは、舞踏会側の方を見やった。ムクロやレニー、ユーリィンは別れてそちらに組み込まれているはずだ。



「やっぱり、ムクロが心配なの?」


 気遣い尋ねたリュリュに、アベルは頷いた。



「うん。ここのところずぅっと体調悪かったみたいだからね」


 保健室に行った日以来、ムクロは幸い倒れることは無かったものの、ずっと口を開くこともなく眉根を顰めて作業していた。



 ただ、アベルが懸念したのはそれだけではない。



 心当たりがまったく無いのだが、どうやら怒らせたらしくアベルが近づくと顔を真っ赤にして離れてしまう。おかげで一度も会話らしい会話ができず今日まで来てしまった。



「とりあえず、後で探そうよ。レニーたちの格好もアベルに見せたいし」


「うん…そうだね。正直、そこまで凄いのを作ってくるとは思わなかったからね。今から楽しみだよ」


 これは嘘偽り無い感想だ。



 リュリュとリティアナも、他の二人の出来に関しては笑みを崩さないので、畢竟楽しみが増すというものだ。



「さぁて、ん。集まり終わりましたね。それでは、説明していきますよ、ん」


 舞踏会側の方からゆるやかな旋律の曲が流れたところで集合が済んだ。



 立食側の礼儀作法を担当するのはコツラザールだ。生徒たちは神妙に話を聞いている。



「いいですか、ん。まず、最初に主催してくれた方に挨拶をします。主催者は、ん。確かに来客を気遣い、動きますが、そうすると負担が大変ですからね、ん。その負担を労わる気持ちを、持ってください」



「さて、食事ですが。ん、まずお皿は一人一枚。通常は右から左、前菜、魚料理、肉料理、甘菓子という順にとっていってくださいね」



「ああ、あと皿に大量に取り過ぎないように。がつがつ食べるのは、ん、あまり見た目にもよろしくありませんぞ。何より、折角の衣装を汚すのは、ん、嫌でしょう。ん、あんまり大量によそうと持って歩くのが大変になりますよ」



「重要なのは、ん。この形式は、食べることよりも人と人との接点を持つのが重視されることです。ん、ですので、できる限り色んな人と話すようにしてくださいね」



 それ以外にも、食べる順番や食べ方の礼儀などについても詳しく説明がなされていく。覚えることが多すぎて、アベルの頭はムクロたちのことを気にする余裕などとっくになくなっていた。



「うぅ…こ、こんなに大変なの……」


 それはリュリュも同様だったみたいで、げんなりという様子を隠そうともしていない。だが周りの人々は貴族出身が多いせいだろう、二人ほど困っているような人は見かけなかった。



「二人とも、変に難しく考えるから駄目なのよ。人と会うのが目的だから、あまりがっつかない。後は、作ってくれた人のことを考えて、美味しくなるよう食べる。この二点だけ覚えれば、後は大抵なんとかなるわ」


 リティアナが苦笑しながらそうまとめる。こうしてアベルたちは他にも彼女に色々教わりながら立食会における礼儀作法を学んでいった。



「ん、そろそろ交代の時間ですね」


 生徒たちは物足りないとか、難しいとかそういったことをぶつぶつ言いながら、舞踏会側の生徒たちと場所を入れ替えるよう動く。



「よくきたね。ここはあたしが教えるよ」


 こちら側の講師はアルキュスのようだ。




「おお…素敵だ……」


 どこかから感極まったような声がしたが、今のはウォードだろうか。



「はいはい、注目。いいかい、ここでは舞踏会に参加したと仮定して、そこでの礼儀作法について教えるよ。あと、踊り方についても簡単に教えるからちゃんと聞くように」


 生徒たちの返事を待ち、アルキュスは説明をつづけた。



「まず、基本的には男性から女性を誘うように。女性から女性を誘うのは人数の都合上構わないけど、決して男性から男性を誘うのは駄目だ。女性の方も、なるべく断らないようにね。ま、こういうときこそお互い甲斐性を見せるんだね」



「当たり前だけど、踊るときは口の中に何か入れとくのは止めときな。どんな色男、美女でもくっちゃくっちゃしながら踊られたら興ざめさね」



「踊り方の基本はこれから幾つか教えるけど、共通なのは良いかい、男は周囲をさりげなく見渡し安全に踊れるよう気を払うこと。女は逆に相手の動きに気を払って、相手が動きやすいようにしてやるんだ。要はお互いを思いやって動けってことだ。技術は数をこなせば身につく。でも、独りよがりじゃ宝の持ち腐れだからね」



「踊るときは、姿勢と視線はまっすぐ。踊ってる最中に他の人にぶつかったら、会釈する。一度組んだら、大体二、三曲は一緒に踊る。踊り終わったら、相手にお礼を言う…大体こんなところかねぇ。さて、ここからは実践だ。とりあえず、二人一組で組みな。あと、誰か一人おいで。あたしと組んで、基本的な動きをするから、みんなはそれを真似するんだ」



 早速パオリン班の一人の少女が前に出て、音楽を鳴らす錬金具を操作し終えたアルキュスと手を取った。



「ね、ね、アベル。まずボクと組もうよ」


 リュリュがそう言ってきたので、アベルはリティアナを見やる。



「構わないわよ。わたしは後ろに下がって動きを見ておくから」


 リティアナの了承も得たところでアベルも判ったとリュリュの手を取った。



「当たり前だけど、手の大きさが違うから勝手が違うね」


「まあね」


 リュリュとアベルは互いに顔を見合わせ苦笑する。



 アルキュスの指導は実にわかり易いものだった。



 初心者向けではあるのだろうが、アベルも数回脚捌きを真似るうちに把握できた。リュリュは空中を小まめに羽ばたきしてまるで歩くように動き、その動きに合わせてアベルも足取りを合わせてやる。



 リュリュと息のあった動きを取れるようになったところで三曲目が終わった。



「あれ、もう終わり?」


 面白くなってきたところなのに、と残念そうにするアベルだが、


「まあまあ。今度はリティアナと踊ってよ。待ちくたびれてるみたいだからさ」


 リュリュに促され、アベルは壁沿いに離れて立っていたリティアナのところへ向かった。



「お待たせ、リティアナ。僕と踊ってくれるかい?」


「ええ、喜んで」


 そういうと、微笑んで手を差し伸べる。それをそっと受け取り、アベルとリティアナは踊りの輪の中へ戻っていった。



「踊り方だけど、どう?」


「うん、先生のを見てたけど、何とか動けると思うわ」


 その言葉通り、リティアナはそつなくアベルの相手を努めた。先に練習したはずのアベルが何回か脚を踏みかけたことがあったものの、リティアナが上手く誘導することで途切れることなく二人は踊りきり、また三曲目が終わった。



「はいはい、注目」


 大食堂の真ん中で、ぱんぱんとアルキュス先生が手を叩いて注目を集める。



「講義の時間はここまで。ここからは自由時間だ。食べるもよし、踊るもよし。お互いの親交をしっかり深めるんだよ。あとついでに、あたしらも誘ってくれれば踊りの相手をするので、そうしたい奴はいつでもおいで」


 その言葉を皮切りに、生徒たちは大きく動いた。



 踊っていた半分ほどの生徒が食卓側に動き、同様に食卓側の生徒の半数が舞踏会場となった空間へ雪崩こんでくる。その中にレニーとユーリィンの姿を認めたアベルは右腕を上げて二人の名を呼んだ。



「レニー、ユーリィン、こっち!」


 そんなに大きな声ではなかったものの、無事届いたようだ。すぐにアベルに気づいた二人が人ごみを掻き分け掻き分け辿り着いた。



「ここにいらしたのね、アベル」


「やれやれ…ここまで歩きにくいったら無いわね」


「お疲れ様、ユーリィン、レニー。二人とも、その服凄い綺麗だよ」


 これまた本心からアベルは二人を褒める。



 レニーの衣装はほんのり青みがかった、魚の尾びれのようにくびれた衣装だ。水に縁ある彼女のこと、全体的にふんわり感を持たせた髪型と雰囲気が良く似合っている。



「特にその両腕の長手袋と、裾の透かし刺繍はすごいね。丁寧に作ったんだな」


「ええ、ええ。判ります? ここには私、大変拘りましたもの!」


 流れる水をあしらった透かし刺繍こそ、レニーがもっとも力を入れた部分なだけにその言葉は一入嬉しかったようだ。実に嬉しそうに笑っている。



「ユーリィンは…」


 じっと見つめたきり、固まってしまう。



 ユーリィンの服は、襟ぐりの非常に深い胴着もさりながら、腰から下へ横に深い切れ込みが入った濃緑の衣装だ。足元に到るまで縫製に余分を持たせていないため、元よりくびれと膨らみのはっきりしたユーリィンの体型を殊更強調しているのがアベルには刺激的だった。



「ふふん、どうしたのアベル。お姉さんの姿にそんなに見とれちゃった?」


 そう言って一歩、ずいと踏み出す。健康的な太ももが露になった。



「うん…」


 思わず即答したアベルに、女性陣のなんとも言えず冷ややかな視線が集中する。それに気づいたアベルは慌てて謝った。



「あ、ご、ごめん! そ、その、別に疚しいことを考えていたとかって訳じゃなくて、あんまりにも似合ってたから…」


 一方のユーリィンも、おちょくったつもりがはっきり言われたことで戸惑いを隠せない。



「あ、あははは…そうはっきり言われると照れくさいけど、悪い気はしないわね。んもぅ、あたしが先にちょっかい掛けたんだし、謝んなくていいって」


 必死に言い繕う姿に、はじめはひきつっていたような笑いを浮かべていたユーリィンが嬉しそうに笑ったことで、どうやら場の空気が落ち着いた。



「それにしてもムクロも隅に置けないな、こんな綺麗どころ二人と踊れるなんて。…そういえばムクロはどこにいるんだい?」


 その言葉に、レニーとユーリィンの表情が曇る。



「…ませんわ」


「ん?」


 喧騒のせいで聞き逃したアベルたちが問い返すと、ユーリィンが渋っ面ではっきり答えた。



「知らないわよ!」


「…え?」


「知らないって…どういうこと?」


 レニーも、憤懣やるかたないと言わんばかりの表情で答えた。



「どうもこうもありませんわ。すっぽかされたんですもの!」


「ええ?! 何で?」


「聞きたいのはこっちよ。おかげで周りのあたしら見る目が白いのなんのって…」


 心底悔しそうに吐き捨てるユーリィン。確かに、見目麗しい二人が揃って壁の花になっていれば衆目を引くのも無理もないことであろう。



「うぅん…どうしちゃったんだろうな、ムクロ」


「さっき言ってた、体調不良がつづいてるとか?」とリティアナ。



「ああ、それかも。どうもここ最近、いつも顔赤くしてるしね。後で部屋で会ったら聞いてみるよ」


「うん、そうしてもらえる? 任務はまだ先みたいだけど、それまでにきっちり治してもらわないと。それで話は戻すけど…ねぇ、アベル」


「ボクたちは席外すから、二人と踊ってあげてよ」


 目配せしたリュリュとリティアナが、アベルに頼み込む。さすがに同じ女として、放置された二人を見ていられないと言ったところか。



「二人は?」


「私とリュリュはこの間何か食べ物を摘んでくるわ」


「ボク、お腹すいたしね。レニー、ユーリィン、アベルの面倒お願いね」


「かしこまりましたわ」


「ありがとうね、二人とも」


 食卓の方へ向かった二人を見送ってから、アベルは手を差し伸べた。



「ええと、それじゃあ…よろしくね、二人とも。こほん……美しい方々、どちらから私と踊っていただけますか?」


「ぷふっ…アベル、あなたそれ似合ってませんわよ」


 先に手を伸ばしたのはレニーだった。



「う、うるさいな、似合ってないのは僕だって知ってるよ。ただ、こうした方が良いって思って」


 精一杯気を使ったつもりなのに笑われ、アベルが顔を赤らめる。



「ふふ。ちょっとあたしはこそばゆいかな、そういう扱い。さ、レニー、お先にどうぞ」


「ありがとう、それでは先に躍らせていただきますわね。あとアベル、あなたはもうちょっと肩の力を抜いてくださらない? そのほうがずっと素敵ですわよ」


 その言葉にアベルは睨むものの、互いに踊り場の空いている場所に入り込むとゆったりした曲調に併せて踊り出す。レニーは経験があるのだろう、アベルの拙いところを補いながらも出しゃばらず、あるときは導きあるときは身を委ね舞い踊る。



 二人は実に有意義な時間を過ごした。



「ふぅ…やっぱり凄いな、レニーは」


 感心の吐息を漏らすアベルに、レニーはにっこり微笑んだ。



「あら、あなたも捨てたものではありませんわよ。こんなに楽しく踊れたのは久しぶり。機会があれば、また是非お相手お願いしたいですわね」


「あはは…そのときまでにもっと君の負担にならない程度に練習しておくよ」


「ふふ、アベルのそういうところは実に好ましいですわ。楽しみにしておきますわね」


 そう言って、ユーリィンと交代するため歩き出したレニーが、あそうだと振り返り戻ってきた。



「アベル、忘れ物ですわ」


「え、何?」


 油断した隙を付き、レニーがそっとアベルの頬に口付けした。



「わっ?! な、何を?!」


「素敵でしたわ、アベル」


 そう言って頬を赤らめながら上目遣いでもう一度にっこり微笑むと、レニーはユーリィンのところへ小走りで向かった。



「一体何なんだよ、もう…」


「あらあら。なかなかやるわね、色男さん」


 入れ違ったユーリィンに茶化され、アベルはむっとした表情を作った。



「冷やかすなよユーリィン」


「はいはい、口元がほころんでるわよ」


 慌ててアベルは口元を手で隠した。



「さて、と。踊り方は大体見て覚えたけど、アベルはまだ大丈夫? 疲れてない?」


「まあ、多少はね」


 戦技とは違う動きで、微妙に大変ではある。 しかし、仮にも先頭に立って剣を振る身でそうそう根を上げてもいられない。



「でも、まだまだ踊れるさ」


「そう、それは良かったわ。あたしのはちょっと動きが激しくなると思うから、アベルはそれにあわせてくれるかしら?」


「うん? よく判らないけど、まあやってみるよ」


 仲間たちの踊り方の傾向をまとめると、レニーがもっとも規範どおりで、そこからリティアナ、リュリュへと独創的になっていく。



 しかし、ユーリィンとの踊りは更に二周りほど溌剌としたものだった。時には激しく身を寄せ、或いは大きく脚を伸ばし絡ませる、躍動させる情熱的な踊り。その力強さに、アベルは終始翻弄されっぱなしだった。



 踊り終えたところで、二人は拍手喝采に包まれた。



「どう? アベルは気持ちよく踊れた?」


 踊り終えた後のユーリィンは、目一杯体を動かしたことで満足したのかまんざらでもない笑顔になっている。つられてアベルも微笑み返した。



「うん。ユーリィンは凄いな、あんな大胆に改変を加えて、それでいてちゃんと踊りにしてるんだから」


 アベルも懸命についていくのでやっとだったが、それでも不思議と満足感に満たされている。



「それは相手があなただからよ。誰にだってできることじゃないわ」


 お世辞ではなく、本心からユーリィンはそう言った。



 アベルはアベルで、ユーリィンの行動をしっかり見てどこに脚を踏み出すか、何をしようとしているかを懸命に読み取っていた。それ故に、二人の息がぴったりあったと言える。



 互いに微笑みあう二人の元へ、踊りにあてられたか興奮気味の仲間たちが駆け寄ってきた。



「アベル、ユーリィン! 凄かったよ!」


「なかなか見ていて心躍りましたわ! ああいうのも良いですわね!」


「やるじゃない、二人とも。見惚れちゃったわ」


「ふふん。ま、それほどでもあるけどね」


 仲間たちからも賞賛され、ユーリィンも鼻高々だ。



 そして、今の踊りが周りにも興奮を齎したのだろう。何人かの男子生徒たちがユーリィンをはじめとした仲間たちに踊りに誘おうと集まってきた。



「わ、ちょっと…」


「わ、私はアベルともう一度踊ろうかと…」


 仲間たちが困惑し、アベルに助けを求めようとするが。



「こら。さっきあたしなんて言ったか忘れたの? あんたら、良い機会なんだし他の生徒とももう少し交流を深めな」


 横合いからアルキュスが嗜めた。そして今度はアベルに向かい、手を差し伸べた。



「よし、アベル。お前の踊り具合を確かめてやろう。今度はあたしと組みな」


 まだ逡巡するアベルだったが、「女に恥かかすんじゃないよ」とまで言われては仕方がない。こうしてハルトネク隊は散り散りになり、アベルはアルキュスと共に組むことになった。



「よし、まずは基礎のおさらいだ」


 ぐっ、とアルキュスはアベルの腰に手を回す。



 アルキュスは豪放磊落な印象とは裏腹に、基本に忠実な踊りをすることにアベルは内心驚いた。どことなく手のあてがい方や足の運びなどがレニーと似ているところから、もしかしたら由緒ある家柄の出なのかもしれない。



「ほうほう。いいね。アベル、あんた筋が良いよ」


「あ、ありがとうございます」


「しっかし、たったの二年で見違えたもんだ」


「え?」


 不意に上げたアルキュスの顔は、蝋燭の明かりのせいだろうか。しっかり化粧してはいたものの目端が赤いことにアベルは気づいた。



「今でも思い出すよ、入学式の日にあんたがあの髭達磨に飛び掛ったことを。それが今じゃ、こうしていっぱしの生徒になっている。子供の育つのは早いもんだねぇ」


 しみじみそう言われ、彼女の目端のこともありアベルはどう答えて良いか困ってしまう。そんな彼に、アルキュスはいったんは笑いかけたものの、すぐに真面目な表情に戻って言った。



「これから尚のこと、辛い任務がつづくだろう。あたしらにできるのは、あんたらが少しでも苦境を乗り越えられるよう、その成功率を上げる手助けすることだけだ。和平交渉の任、非常に危険だと思うけど…頑張っとくれ。あの髭達磨も、無事だったならきっとあんたにそう言ったろうから、あたしが代わりに言うよ」


「…はい。必ず、成功させて帰ってきます」


 決意も新たにそう答えると、アルキュスは穏やかに微笑んだ。



「良い返事だ。忘れるんじゃないよ、約束破ったら…あんたらの財産、全部学府の物になるからね」


「えっ?! そ、それは止めてくださいよ……」


「嫌なら、ちゃんと帰って来ればいいんだよ」


 それからもアルキュスは憎まれ口を叩きながらも的確に先導し、アベルの踊りの技術をめきめきと引き上げた。



 その代償としてたっぷり三曲付き合わされた後のアベルは、さすがにへとへとになっていた。



「はぁ~、いやぁひさしぶりに踊った踊った。やっぱたまにはぱーっと踊るのも気持ち良いもんだねぇ。いっそ、これからも定期的に開催するのも面白いかな?」


 一方のアルキュスはまだぴんぴんしている。この人も、やっぱりあの校長と同類なのだな、とアベルは今更ながら改めて痛感した。



「あんた、なんか失礼なこと考えてないかい?」


「…いえ」


 見透かされ、誤魔化そうとしたアベルだったが意外なところから救いの手が現れた。先ほどから離れて見ていたウォードが、アルキュスに誘いを掛けたのだ。



「まあいいや。それじゃあ、あたしはこいつと踊ってくるわ。楽しかったよ、アベル」


 そう言って連れ立ち、踊りの輪に加わろうとするアルキュスを見送りかけたアベルは不意に尋ねておきたいことに思い至った。



「はい…あ、先生! すみません、一つ聞きたいのですが…」


「ん? ああ、ちょいとすまんウォード。なんだ、アベル。手短にな」


「ええと、ムクロのことなんですが…あれ以来、また調子悪くなったとかなんでしょうか?」


 ムクロの容態を聞いておこう、そう思ったのだ。



 だがアベルの質問に、アルキュスは不思議そうに首を傾げた。



「あれ以来? 何の話だ?」


「え? 一週間ぐらい前に保健室に行ったんですけど、それ以来何か変化あったのかなって…」


 そこまで言い指したのを手で制し、アルキュスは断言した。



「いや、一週間前どころか学府に戻ってきたとき以来来てないぞ? 何を言ってるんだ?」


「え……」


 言葉を失ったアベルに、アルキュスは尋ねた。



「なんだ、ムクロの奴調子でも悪いのか?」


「う、うぅん…どうなんですかね?」


 多分、悪いはず。しかし、あれだけ辛そうにしていたにも関わらず何故保健室に顔を出さなかったのかが判らないため、アベルは返答に詰まってしまった。



「なんだ、煮え切らない奴だな。…ああもう、うるさいなお前! すまんが話はここまでだ。まったくもう、ウォードの奴少しぐらい待っていられないのかねぇ。まあいいや、もし具合が悪いようならいつでも来るように伝えとくれ。んじゃあたしは行くよ」


 ウォードにしつこく促され、うんざり顔で立ち去るアルキュスをアベルはぼんやり見送るしかなかった。



「ムクロの奴…あいつ、何やってるんだよ一体……」


 アベルがいぶかしむが、当然答えは出ない。



 そして、その疑問は更に深刻化することとなる。



 その夜から、ムクロはアベルと共同で使っている自室へ戻らなくなったからだ。


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