第70話 流す奴がいればいい
人を集めると言ったが、集めてどうするかを、俺は決めていなかった。
前世では、集める必要が無かった。俺が行けば終わった。終わらないものは、そもそも敵ではなかった。
だから、修練場に人が並んだとき、俺は困った。
40人ほどいた。門を守った学生が30人。森で拾った17人のうち、大学まで付いてきたのが9人。トバイアスがいて、ミルカがいて、リィナとヴィントが両端に立っている。
全員が、俺を見ていた。
俺は、言うことを持っていなかった。
「ゼノさん」
トバイアスが手を上げて、その手で自分の後頭部を掻いた。
「あの、提案があるんですが。……いや、提案というか、7日前から組んでいるものがありまして」
「言え」
「共同術式です」
トバイアスは、地面に杖の先で円を5つ描いた。
「1人が1枚ずつ陣を受け持って、重ねて1つの魔法にします。初級しか使えない者が5人いれば、五重陣が立ちます。形の上では、天級です」
「形の上では?」
「はい。威力は出ません。陣の形を保つのは人ですが、威力を決めるのは流し込む魔力量ですから。初級の者だけで組むと、器が5つぶんしかありません」
「5人が1つの陣を組んで、魔力は5人ぶんだろう」
「5人ぶんでも、上級の1人ぶんに届かないんです。初級の器は、そもそも小さいので」
トバイアスは、円の外に小さい点を5つ打った。
「たとえるなら、水路です。5人で水路を掘りました。掘っただけです。水は、誰かが流さないと」
俺は、その5つの円を見た。
「流す奴がいればいいのか」
「はい。1人でいいんです。器の大きい人が、後ろから」
やらせてみた。
学生を5人選んだ。杖しか持っていない者だ。器は初級。並べて、詠唱を揃えさせた。
揃わなかった。5人の声は、唱え出しから2つに割れていた。
3人目で早い者がいて、5人目で遅れる者がいて、陣は組み上がる前に崩れた。散った魔力が地面を焦がして、その焦げ方も5箇所でばらばらだった。
「揃わねえな」
「揃いません。10回に1回、揃います」
「10回に1回か?」
「昨日までは30回に1回でした」
トバイアスは、それを誇る顔で言わなかった。数を言っただけだ。この男は、数を言うときだけ、目の下の黒さが消える。
6回目で、揃った。
五重陣が、地面から1尺の高さに浮いた。薄い。透けている。向こう側の石壁が見えるほど薄い。
「ゼノさん。後ろから、手を」
俺は、陣の後ろに立った。
触れた。
——流した。
◆
修練場の端の的に、穴が開いた。
的だけではない。的の後ろの石壁が、幅3間にわたって抜けた。穴の縁が赤い。石が溶けて、垂れて、そのまま固まっている。
5人の学生が、尻もちをついていた。
陣を組んでいた5人に怪我は無かったが、誰も立てなかった。
俺は自分の掌を見た。
使った魔力量は、闇幕1枚ぶんもない。
(……これは)
「もう一度いけるか?」
「無理です」
答えたのは、尻もちをついた学生の1人だった。答えてから、自分が答えたことに気づいて、顔を伏せた。
「い、いえ。あの、やります。やれます」
「立ってから言え」
学生は立とうとして、膝が笑って、また座り込み、そのまま笑い出した。隣の4人も笑った。5人で、しばらく笑っていた。
俺は、その5人を見ていた。
器は初級だ。測定石に載せれば、大学に入れるかどうかの数字しか出ない。その5人が、石壁を3間抜いた。
「ミルカ」
「はい」
「今の陣に、間違いはあったか」
ミルカは紙束から1枚抜いた。すでに写してあった。組んでいる間に、見て、描いていた。
「4枚目の外周が、半寸ずれています。左から2人目の方が、右利きなのに左手で描いています」
「どっちでもいいだろ」
「よくありません。ずれた分は、漏れます」
ミルカは、紙の上の1点を指で押さえた。
「今、石壁が抜けたのは、漏れた分です。的の真ん中には、当たっていません」
俺は的の跡を見た。
的は、真ん中から少し左が抜けていた。狙いと結果の間に、半寸のずれが挟まっている。
◆
その日から、修練場は形が変わった。
リィナが右で型を振らせる。ヴィントが左で剣と魔法を混ぜる。トバイアスが中央で陣を組ませ、ミルカがその後ろで間違いを数える。
俺は、どこにもいなかった。立つ場所が無いというのは、前世を通して初めてだった。
3日目に気づいた。誰も、俺に指示を仰ぎに来ない。俺は中庭の石段に座って、豆のスープを飲んでいた。塩が強い。厨房の塩の使い方だけは、去年から変わっていない。
隣に、フィーネが座った。
「ゼノ。暇ですのね」
「あぁ」
「いいことですわ」
フィーネは帳面を開いて、上から順に読み上げた。
「近接、リィナ。混成、ヴィント。術式、トバイアス。解析、ミルカ。情報と伝令は、王都の教団。補給と書付は、わたし」
「あんたが数えると、そうなるのか」
「数えるというのは、こういうことですわ」
フィーネは、帳面の一番下に線を引いた。線の下は空だった。
「ここが、埋まっていませんの」
「何の欄だ?」
「指揮する者の欄です」
俺は、スープの器を石段に置いた。
「あんたが埋めろ」
「わたしは、王国の人間ですわ」
「じゃあ、空けておけ」
「空けておくと、勝手に埋まりますのよ。……人は、上に誰かいないと落ち着きませんから。誰も書かないと、みんながゼノの名前を書きます」
「書かせとけばいいだろ」
「ゼノが7日離れた場所にいるときに、みんながゼノの名前を見ますの」
フィーネは、帳面を閉じた。
「それで、動けなくなった者がいますわ。あの日に」
俺は、答えなかった。
答えられなかったので、立ち上がって修練場へ戻り、リィナを呼んだ。
「おい。俺がいねえときは、あんたが決めろ」
リィナは木剣を止めて、俺を見た。
「……ゼノ様が、いらっしゃらないときに、ですか」
「あぁ」
「どこへ行かれるのですか」
「どこにも行かねえ。行くかもしれねえ。行ったときの話だ」
リィナは、木剣を肩に載せて、そっぽを向いた。
「分かりました。決めます。ですが、ひとつだけ申し上げます」
「言え」
「行くときは、行くと仰ってください。黙って出られると、わたしは門の前で日を数えます。19日、数えたことがあります」
その晩、ヴィントが俺の部屋の扉を叩いた。
酒を持っていた。片手に瓶、片手が布を巻いた腕だ。栓を抜こうとして、抜けなかった。俺が抜いてやった。
「……すまん」
「なんの用だ?」
「礼を言いに来たのではない」
ヴィントは、瓶をそのまま床に置いた。
「わたしは、お前が嫌いだった。今も、たぶん嫌いだ。だが、東棟で机の裏に学生を入れたとき、わたしは、お前ならどうするかを考えた」
「俺なら、机は使わねえ」
「そうだろうな。……だが、わたしには机しかなかった」
彼は、布を巻いた腕を上げた。今度は、上げきった。
「学生が15人おる。お前が来るまで、わたしは15人の名前を1つも知らんかった。今は全部知っておる。それだけ言いに来た」
「そうか」
「それだけだ」
ヴィントは、酒を置いたまま出ていった。
俺は、栓の抜けた瓶を見た。誰も飲まない酒が、部屋の真ん中に置いてある。
◆
翌朝、王都からの早馬が着いた。
エリシアからだ。封の蝋に、王家の印が2つ押してある。2つは、急ぎという意味だ。
フィーネが読んで、顔を上げた。
「ソルディア聖国から、正式な抗議が届きましたわ。——ゼノを、『調査対象』として引き渡せと」
「断ればいいだろ」
「断りました。すでに。殿下が、お一人で」
フィーネは、紙を裏返した。
「もう1つございます。降臨祭が、今年は王都で行われますの。五大国の使節が、そのまま残ります」
「祭りか?」
「2000年前に、天使が人間界へ降りた日を祀る祭ですわ」
フィーネは、そこで顔を上げた。
「ゼノ。あなたは、その祭壇に近づいてはいけません」




