第298話 白いところが要る
麦の村の納屋に、8人集まっていた。
俺が呼んだんじゃない。「その次は、まだ決めてねえ」とヴェルナに言った。あの女が王都と砦と聖国へ伝えた。その結果が、これだ。
卓の上には、紙が7枚ある。
リィナは、再建したローデン砦の名簿を置いた。空欄は3行だ。
エリシアは、王都の辞令を置いた。役職と俸禄と、宰相府の南棟が付いている。
アステリアは、天界に残る27本の柱を描いた図を広げた。
フィーネの紙には、国境から天界までの道と、俺が知らない宿が書き込まれていた。
「ずいぶん細けえな」
「あなた様を捕まえるには、このくらい必要ですわ」
シャルの紙は、黒鎖教団の名簿だった。いちばん下に、自分の名を自分で書いてある。
ユーリカの紙には、大聖堂の屋根までの道だけが、大きな字で書かれていた。
最後の1枚は白紙だ。ポーラが両手で押さえている。
梁の上にはミルカがいた。紙は持っていない。
「お前は混ざらねえのか?」
「わたしは観測する側です。いま数えますと、ゼノを連れて帰りたい方が7人います」
「数えるな」
「もう数えました」
リィナが、最初に口を開いた。
「ゼノ様。砦は、4年前にあなた様が守った場所です。1行で足ります」
エリシアがすぐに遮った。
「お待ちくださいませ。壁は王都の予算で積みました。完成後に席がないとは、申し上げておりません」
「エリシア様。予算の話ではありません」
「住む場所の話でございます」
「でしたら、なおさら砦です」
「柱を下ろす間は、天界へ来ていただきます」
アステリアまで被せた。
「まだ27本あります。ゼノの闇が必要です」
「必要を理由に連れていくのは、あなたのお父様と……いえ、何でもありませんわ」
フィーネが笑った。
声は、尖っていた。
「わたしは、欲しいから連れてまいりますの」
「どこへだ」
「まずは寝室ですわね」
シャルが紙を落とした。
ユーリカが椅子を蹴って立った。
「ちょっと待って! なんであんただけ、そこまで決まってんの!」
「4年前から言っていますわ」
「言ってれば通る話じゃないでしょ!」
「ゼノ様」
シャルが落とした紙を拾わずに言った。
「わたしには、ここにいろと仰いました」
「言ったな」
「期限を伺っておりません」
「決めてねえ」
「では、まだ有効です」
三方から声が重なった。
「砦が先です」
「王都へお戻りくださいませ」
「天界の柱が先です」
フィーネとユーリカとシャルまで加わった。俺には全部聞こえた。だが、どれか1つに返事をすれば、残りを捨てることになる。
考えているうちに、口が先に動いた。
「——全部やる!」
納屋が静かになった。
エリシアが、いちばん先に意味を確かめた。
「全部、とは……場所のお話でございますか?」
「場所もだ」
「も?」
俺は、7人の顔を順に見た。逃げたくなったが、扉の前にはシャルがいる。
「誰か1人だけを選ぶ気はねえ。俺は、お前ら全員にいてほしい」
今度こそ、誰も喋らなかった。
「勝手なのは分かってる。怒るなら聞く。嫌なら断れ。けど、俺は誰も置いていきたくねえ」
リィナが、名簿の端を握った。
「それは、命令ですか?」
「違う。頼んでる」
「でしたら、お断りいたしません」
エリシアは額を押さえた。
「お尋ねになるのが、4年遅うございます」
アステリアの翼が片方だけ開いた。
「父の命令ではありません。わたしが、あなたの側を選びます」
フィーネは、満足そうに笑った。
「わたしは、最初からそのつもりですわ」
シャルは耳まで赤くなったまま、俺を見た。
「命令が無い日も、お側にいます」
ユーリカは椅子を蹴った。
「ほんっと遅い! こっちは、とっくに決めてたんだから!」
最後に、ポーラが白紙を裏返した。裏には、ミトの板から写した丸が5つある。
「ゼノさん。わたしのところへ来ても、やることはありません」
「じゃあ、なんで紙を持ってきた?」
「帰ってくる場所に、用事はいりません」
俺は残りの6枚を重ね、白紙をいちばん上に置いた。
「じゃあ、帰る」
ポーラが笑った。
静かだったのは、そこまでだった。
「順番は、いかがなさいますか?」
「砦が先です」
「わたしの寝室が先ですわ」
「父には、まだ会わせません」
「わたしは順番で護衛をしておりません」
「だから、なんでわたしが最後みたいになってるの!」
「帰ってくる日は、先に教えてください」
7人が一度に喋った。ミルカだけが梁の上で指を折っている。
「全員の同意を確認しました。次は日程の調整ですね」
「お前、本当に黙れ!」
リィナだけが笑わなかった。
「ではゼノ様。最初に、全員のお話を最後までお聞きください」
「いまからか?」
「いまからです」
「朝まで掛かりますわね」
「食事は出します」
逃げようとした扉の前へ、シャルが立った。
梁の上で、ミルカが新しい紙を広げた。
「記録を始めます」
「やめろ!」
誰も、俺を逃がさなかった。




