第291話 38本が、揃った
俺の役目は、穴を数えることだった。
開けるのは、5人でやるはずだった。リディア様の一族から4人。俺が1人。天界の術者が、11人来た。合わせて16人で、38本の柱の根元に、1尺の穴を開ける。
38本に、16人。足りない。最初から分かっていた。
足りない分は、1人が2本目を開ける。2本目は、1本目より重い。3本目は、去年、俺が陣を3枚目まで組み切って、指が痙攣したときと同じ重さだ。
晩の刻限は、下の界の鐘で決めた。
ローデン砦の鐘だ。4年前に焼けた砦は、去年、鐘だけ先に吊り直された。砦の兵ではなく、麦の村の連中が吊った。鐘は、村から見える場所にある方がいい、と言ったのはポーラさんだった。
その鐘が、7つ鳴る。
7つ目で、穴を開ける。
6つ目まで、俺は、自分の掌を見ていた。
網の胼胝と、羽根ペンの胼胝がある。去年までは、網の方が厚かった。いまは、羽根ペンの方が厚い。1年、俺は穴を開け直しながら、リディア様の帳面を写していた。
7つ目が鳴った。鳴り終わる前に、俺は膝の位置を決めた。
俺は、陣を1枚出した。2枚。3枚目で、去年と同じ場所が引きつったまま、組み切った。1本目の柱の根元に、穴が開いた。
その向こうから、音が上がってきた。1尺の口に、下の界が丸ごと詰まっていた。
音は、1つではなかった。
麦の村の井戸の前に、34人。ラセルの納屋の前に、11人。ローデン砦の中庭に、砦の兵が全部。王都の窓が、64か所開いていた。聖国の大聖堂に、1万と少し。
魔界の地下の泉に、298人と、玉座を空けていた女が1人。
みんな、同じ3文字を言っていた。
——ゼノ。
俺は、2本目の柱へ、陣を出した。
耳の奥が変になった。同じ名が、3つの界から少しずつずれて届く。ずれて重なって、1つの長い音になる。
その音の中で、柱が動いた。根元から3尺のあたりが、先に鳴った。
柱の内側の声が、数え始めた。
いつもは、1つずつ止まる。この晩は、止まらずに、どこまでも続いて、38本が、同じ拍で鳴った。
その拍が、鐘と同じだった。
「テオ」
リディア様が、俺の横に立っていた。
右手の皮が、まだ戻っていない。その手で、俺の背中を、下から支えた。俺は初めて、自分が膝を落としかけているのに気づいた。
「テオ。2本目は、わたしが」
「開けます」
「指が、止まっています」
「……止まってても、開けます」
俺が2本目を開けると、右手の感覚が消えた。去年より早い。1年で、身体の方が先に限りを覚えたらしい。それでも、穴は1尺開いた。
16人で、35本。あと3本、足りない。
その3本を、誰が開けるか。
そこで、回廊の奥から、翼の音がした。翼の音を、俺はこの1年で聞き分けられるようになった。いま来たのは、5枚だ。折れて生え直した翼が1枚混じると、風の切り方が歪になる。
ザリエル様が、柱の根元に立った。
「私は、術者ではない」
そう言って、この方は、自分の掌を柱に当てた。
穴は開かなかった。かわりに、柱が傾いた。押したからではない。この方が、自分の名を、柱に数えさせたからだ。
「ザリエル。……1と数えろ」
柱の中の声が、その名を数えると、この方の翼が、2枚落ちた。短い方の残り1枚と、その下の1枚だ。翼は、下へ消えた。この方は、それを見ずに、次の柱へ歩いた。
3本目で、翼は1枚になった。
俺は、それを見ていて、去年のことを思い出した。去年、この方の翼は6枚あった。6枚で、縁の外側に立って、下から来るものを片端から掴んで、返していた。返し方が丁寧だった。
いま、1枚だ。根元から白いものが糸を引いて、床に落ちていた。
1枚では、飛べない。飛べない天使を、俺は初めて見た。
38本が、揃った。
その瞬間に、音が消えた。三界の声も、鐘も、柱の拍も、全部消えた。静けさの中で、縁の口の内側から、縫い目が1本、緩む音がした。
上で、女の人が縄を握っていた。
その縄が、1年で初めて、強く下へ引かれた。




