↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
289/300

第289話 64の街

反対したのは、7人だ。


大聖堂の奥の部屋に、13人集まって、紙を読んだ。紙には、同じ晩に同じ名を声に出せ、とだけ書いてある。読み終わって、6人が黙った。7人が、机を叩(たた)いた。


そのうちの1人が、わたしの叔父だ。


「ユーリカ。お前、この名を知っているのか」


「知ってる」


叔父は、紙を裏返して、裏に何も書いていないのを確かめた。


「魔王だぞ」


「知ってる」


「知っていて、聖堂で唱えろと言うのか」


「言ってる」



わたしは、そこで、言い方を間違えた。


短く返しすぎた。この人たちは、短い返事を「考えていない」と読む。わたしは、去年から、それが分かっていても、長く喋れない。長く喋ろうとすると、途中で腹が立つ。


腹が立つと、余計に短くなる。


兄が、横で38冊のうちの1冊を開いて、叔父の前に置いた。


指で、1行押さえた。22年前の項だ。名を持たぬ大悪魔、1と書いてある。


「叔父上。この1が、いま呼ぼうとしている名です」



部屋が、静かになった。13人のうち、誰も椅子を鳴らさなかった。


1というのは、22年前に上から落とされた者のことだ。その者の名は、上から伏せて渡された。当時の教会は、それを疑わずに1と書いた。


「……教会が、そう決めたことだ」


「はい。……その帳面を、私も、疑わずに使ってまいりました」


「では、お前も」


「私もです。……だから、38冊を書きました」



わたしは、その間、窓の外を見ていた。


話が長い。長い話は、途中で誰かが折れる。それまで、わたしは口を出さない。去年、ゼノの部隊で覚えた。わたしは3行目を撃つ係だった。1行目と2行目が出るまで、撃たない。


窓の下に、人が並んでいた。



信徒ではなかった。


パン屋と、鍛冶屋と、石工だ。大聖堂の前の広場で、朝から並んでいる。理由を、わたしは知っている。去年の冬、この街の井戸が3つ凍った。それを、上から来た者が直した。


天界の術者だ。38冊を読んで、来た。頼まれたわけではないらしい。


「叔父さん」


「なんだ」


「下、見てよ」


叔父は、窓に寄って、しばらく見ていた。わたしは、その間、何も言わなかった。言うと、台無しになる。この人は、人に言われたことを、絶対にその場で認めない。


「……何人だ」


「数えてない。……100は超えてる」


「あれは、何のために並んでいる?」


「唱えたいんだって」



叔父は、窓から離れて、椅子に座って、両手で顔を擦った。この人がその仕草をするのは、負けを認める前だ。子供の頃から、何度も見た。


「ユーリカ。1つ、条件がある」


「言って」


叔父は、顔から手を離した。


「聖堂では、魔王とは呼ばん。名だけを唱える」


「それでいい」


「……それでいいのか」


「あいつ、名前しか持ってない」



その晩、わたしは、屋根に上がった。


大聖堂の屋根だ。去年、柱が傾いたとき、わたしと兄が1万と少しの名を読み上げた場所の、真上にあたる。瓦(かわら)に座って、広場を見下ろした。


人が、まだ並んでいた。前より減って、かわりに敷物を持ってきた者が増えていた。



兄が、下から上がってきた。


兄は、屋根に上がるのが上手(うま)い。去年知った。わたしから瓦2枚分離れたところに座った。


「ユーリカ」


「なに」


兄は、瓦の欠けたところを指で撫(な)でていた。


「1万と少しでは、足りませんか」


「足りない。3つの界が要るって」


「では、集めます」


「どうやって」



兄は、袖から紙を1枚出した。


細かい字で、街の名前が並んでいた。聖国だけではない。王国も、砦も、峠も、谷も、村も書いてある。


「1年、写しを配ってまいりました」


「勝手に?」


「はい。……38冊のうち、落ちた者の名だけを抜いた分です」


「叔父さんに、言ってないの」


「言っておりません。……私は、一度、伏せた側です」



わたしは、その紙を受け取って、数えた。街が、64ある。64の街が、同じ晩に同じ名を唱える。見ていて、わたしは、手が止まった。64の中に、わたしの生まれた村があった。


あの村は、8年前に焼けた。誰が焼いたのかは、いまも分かっていない。


そのあと、誰も戻らなかった。誰もいないはずの村の名が、いま、紙の34番目に書いてある。


「ジーク」


「はい」


「ここ、人いるの?」


「11人、おります。……去年の春に、戻られました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。