第277話 白い方を
王国の柱は、3本ございます。
1本は王宮の中庭、1本は製粉所の裏の丘、1本は地下の、先ごろ壁の抜けたあたりでございます。3本とも、23年前からそこにございました。誰も触れませんでしたのは、触れてはならぬと言われていたからではございません。
触れても、何も起きないと思われていたからでございます。石より冷たく、鉄より重い柱でございます。
わたくしは、中庭の柱の前に立ちました。
根元に、穴が7つ。指を入れますと、生温いものが触れます。線が1本、上へ向かって流れながら、数えております。1つ、2つ、3つと、若い声で。
「陛下。数えておりますのは」
「人でございましょう」
「何人まで、数えるのでございましょう?」
「終わりがあるようには、聞こえません」
アダンが、そこで、口を閉じました。
この男は、20年、父に仕えて、驚いた顔を見せませんでした。昨日、地図の前で口が半分開きました。今日は、閉じたまま、柱の根元を見ております。その目が、数を追っておりました。
数を追う癖は、この国の者の癖でございます。父も、そうでございました。
わたくしは、懐から帳面を出しました。
1095行まで書いてある帳面でございます。3年前、あの方が下へ行かれてから、わたくしは毎日1行ずつ書きました。1095行目まで書いて、1096行目の手前で、書かなくてよいと言われました。その日から、1096行目は白紙のままでございます。
「陛下。それを、どうなさいます」
「当ててみます」
「1095行の方をでございますか?」
「いいえ。……白い方を」
わたくしは、帳面を1096行目で開いて、穴に押し当てました。
紙が、少し吸われましたのに、線が乗りません。墨のある頁は吸われて線になりますのに、白い頁は、吸われるだけで何も返しません。
穴の中の声が、そこで止まりました。
それから、また1つ、2つ、3つ。さっきより速うございます。また止まって、また1つからやり直しました。
3度、やり直しました。
「陛下。……あれは、迷っております」
「はい」
「白い行を、数に入れてよいかどうかを、でございますね」
「入れられませんでしょう。書いてございませんもの」
わたくしは、手が震えました。
恐ろしかったからではございません。あの日、地下で、あの方に「書かなくていい」と言われたとき、わたくしは、それを甘やかされたのだと思いました。書かずに済ませてよいと、許されたのだと。
そうではございませんでした。
書かれていない行は、上から数えられません。あの方は、あの日、わたくしを数から外してくださいました。
わたくしは、帳面を押し当てたまま、動けませんでした。
柱が、傾きました。
中庭の池の方へ、ゆっくりでございます。倒れはいたしません。根が、地の下で軋みました。傾いたところで止まり、その分だけ、空が下りてまいりました。23年、この国の空は、いちばん高いところが白うございました。
白いところが、灰色になりました。
「アダン。丘と、地下は」
「合図を出しております。……陛下、丘の方から、煙が2本」
「2本は、傾いたという合図でございますね」
「はい。地下の方は、まだ1本も」
わたくしは、地下へ降りる階段の方を見ました。
この前、あの壁が抜けて、あの方が立っておられました。書かなくていいと仰ったその場所に、いま3本目の柱がございます。
「アダン。地下へは、わたくしが参ります」
「お1人でございますか?」
「帳面を持って行く者が、1人おれば足ります」
「お待ちください。……陛下、白い頁は、あと何行ございます」
わたくしは、帳面の残りを、指で挟んで測りました。
白い頁は、まだ200行ほど残っております。1行も書かずに残しておいたのは、書かなくてよいと言われた日から、書く相手が戻ってこないからでございました。
「200行ございます」
「柱は、あと1本でございますが」
「余りますね」
「余った分は、どうなさいます?」
「戻られてから、埋めていただきます」




