第267話 16枚で行けるところまで
布の者たちが下がってから、わたしは、机の下の紙を拾い集めました。
セイルの写した線は、全部で18枚あります。順に並べないと、縫う道の形になりません。順番は、紙の裏の隅に、小さな数で書いてあります。その数の形が、父の書く数と同じでした。
「セイル」
「……何だ」
「この数、あなたが書いたのですか?」
「書いた」
「父の書き方に、似ています」
セイルは、筆を置かずに答えました。
「習ったからだ」
わたしは、それ以上訊きませんでした。
この人は、21年、同じ場所を彫り続けた指で、その数を書きました。習った書き方だけが残ってしまう人を、わたしは、もう1人知っております。毎朝、墨をすっていた人です。18枚のうち、16枚まで並んだところで、床が鳴りました。
翼の音ではありません。床そのものが、下から押されて鳴りました。柱の線の真下でした。線の切れている、床から3尺のところです。灰色が、そこから床へ広がりました。
「セイル。これは」
「……広がっている」
「狭間がですか」
「支えが、減った」
その言葉が、わたしの中で、すぐには母に結びつきませんでした。
支えが減るというのは、支えている者が減るということです。支えている者は、23年、1人しかおりません。1人しかいないものが減れば、それは、0になるということです。母が、削れております。
「あと、どのくらいですか?」
「分からない」
「半日、保ちますか」
「保つと言ったら、あんたは信じるのか」
わたしは、答えませんでした。
この人は、嘘をつかない言い方を選んでいました。父と同じです。父も、この人も、嘘をつかずに済む形を探して、23年、それだけが上手になりました。そういう人たちの中で、わたしは21年、育ちました。
灰色の縁に、ゼノが立っていました。
爪先で床を擦っています。灰色が、靴の底に付きませんでした。あれは、物ではありません。
「アステリア」
「はい」
「16枚まで並んだな」
「並びました。……残りの2枚は、セイルがまだ写しております」
「2枚、要るのか」
「要ります。順番のどこかが抜けると、道になりません」
ゼノは、灰色から目を離して、部屋の入口の方を見ています。
入口には、リィナさんが座っておられます。剣を膝に置いて、裂けた布を指でつまんでおられました。その布を、こちらへ持ってこられました。
「アステリアさん。これ、見てください」
「布ですね」
「はい。……裂けた端が、繕われています」
わたしは、その端を、灯りの下で見ました。
細い糸が渡してあります。ひと針ひと針、違う方向を向いております。急いで繕った跡ではありません。急いでいない人が、何度もほどいて、やり直した跡です。カイエルの手です。
「リィナさん。これ、いつのものですか」
「さっき、あの方の袖から落ちました」
「落ちたのですか?」
「……たぶん、落としたのだと思います」
わたしは、布を裏返しました。
裏に、字が1つだけありました。糸で刺してあります。わたしの名の頭の1文字でした。21年前、わたしが最初に書けるようになった字です。
わたしは、布を握って、父のいる下の部屋の方を見ました。
父は、詫びてから、同じことを頼みました。削られる側に、今度はわたしが入ります。
「あなた」
「なんだ」
「半日、待ちません。……いま、縫います」
「16枚だぞ」
「16枚で行けるところまで行って、残りは、中で待ちます」
ゼノは、しばらく、わたしを見ていました。
それから、掌を開きました。6枚です。闇が、灰色の縁のところで止まりました。灰色に触れて、少しだけ押し返しました。




