↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
255/300

第255話 殺す術ではなかった

38本目の柱の前で、俺は止まった。


頭で覚えていたわけじゃなく、足の裏が、先に止まった。この床の、ここだけ、摩擦の具合が違う。1度磨き直した跡だ。何かが落ちたときに、そうする。



「ここか」


「はい」


アステリアが、俺の斜め後ろで答えた。


「わたしは、そこの柱の裏で待っておりました。……音は、聞こえておりました」


「何が聞こえた」


「床が、抜ける音です」


俺は、柱に手を当てた。


掌の下に、細い彫りがある。目では見えないが、指でなら分かる。1本の線が、柱を上へ向かって回り、折り返して床の方へ戻ってきている。その先が、俺の立っている場所だ。



「これは、陣か」


「陣ではありません」


後ろから、声がした。



柱の陰から、男が1人出てきた。


翼が、1枚しかない。右側だ。左は、付け根から無い。切り落とした跡ではない。最初から無い者の付け根だ。


背は低い。手が、薬で焼けていた。



「陣は消える。これは、経路だ」


「あんた、誰だ」


「セイル。……術(じゅつ)を組んだ者だ」


俺は、掌を開かなかった。


セイルは、逃げる素振りを1つも見せていない。逃げない相手を先に殴ると、話が聞けない。話は、21年分ある。



「21年前、あんたが俺を殺したのか」


「殺していない」


「床が抜けたぞ」


「抜いた。……殺してはいない」


セイルの声が、少し掠(かす)れた。


「同じだろうが」


「違う」


セイルは、そう言って、柱の線を指でなぞった。


その指が、床から3尺の高さで止まった。


「ここで、術が切れている。……21年、私はここを直せていない」


「切ったのは、俺か」


「あんたではない。あんたの中にあったものだ」


俺は、その言い方に、聞き覚えがあった。


21年前、床が抜ける直前に、俺の内側で何かが起きた。俺は落ちながら、それを「死んだ」と思い、21年、そう覚えていた。


「転生の術式だ」


「知っていたのか」


「3年前に、ようやくな」


「では、話が早い」


セイルが、初めてこちらを見た。


「私の術は、あんたを殺す術ではない。《《魂を、狭間へ移す》》術だ」


俺は、何も言わなかった。


その言葉の意味が、3つに分かれて頭に入ってきた。殺すつもりではなかった。移すつもりだった。移した先に、何かがいる。


「狭間ってのは、何だ」


「三界の下にある隙だ。放っておくと広がる」


「広がると、どうなる」


「界が、3つとも、そこへ零(こぼ)れる」


セイルの指は、まだ柱の線の上にあった。


「支えが要るってことか」


「要る。……魔級の魂が1つ、要る」


「1つで足りるのか?」


「足りている。23年前から、1つ入っている」


俺の後ろで、アステリアが動いた。


翼だ。畳んでいた右が、半分だけ開いた。この娘には、いま初めて聞く話だった。


「セイル。……23年前に入ったのは、誰ですか」


「言えない」


「なぜです?」


「あんたに言うと、私が消される」


俺は、一歩前に出た。


この男の胸ぐらは掴まなかった。代わりに柱の線に掌を当てて、陣を6枚出し、そのうち1枚だけ、下から押し上げた。線が、光った。



「おい。触るな」


「直せてねえんだろ」


「直せていない。だから触るな。……そこは、まだ生きている」


「生きてる経路だな」


「そうだ」


「じゃあ、繋がってんな。……向こうに」


セイルの顔が、そこで初めて変わった。


怒った顔ではなかった。直せないまま、毎日ここに来ていた者の顔だった。



手を見た。


「あんた、なんで直そうとしてる」


「……間違えたからだ」


「何をだ」


「あんたを選んだことだ」


俺は、即座には信じなかった。


だが、21年直し続けた手だけは、本物だ。セイルの指は、薬で焼けて、爪が半分無い。


「間違えた理由は」


「あんたが、ただの危険な大悪魔だと聞かされていた。……犠牲にしても、誰も困らないと」


「誰に聞いた」


「私に、そう言った方がいる」


21年前、俺を選んだ男は、いまも毎日この柱に通っている。選べと言った奴は、まだ顔も出していない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。