第251話 塩が強い
砦の飯は、3年前より塩が強かった。
椀を持った瞬間に、それが分かった。俺は、何も言わずに食った。その途中で、厨の方から、足音が速いのが1つ来た。
ポーラだ。
「ゼノさん」
「……あぁ」
「塩、強いですよね」
「強えな。前と違うのか?」
「言うと思いました。……去年から、そうしてます」
俺は、椀を置いて、ポーラの手を見た。前腕が、3年前より太い。左右とも同じだけ硬い。鍋を、両手で持ち上げ続けた者の付き方だ。
「なんで変えた」
「砦の兵の方が、汗をかくからです。……大学の学生と違って」
「そうか」
「大学へ戻られたら、薄くします」
「戻らねえよ、まだ」
ポーラは、椀をもう1つ持ってきて、俺の隣へ置いた。そこには、誰も座っていない。
「誰の分だ」
「翼の方です。……さっき、麦を3粒だけ食べておられたので」
夕方に、砦の上へ上がった。
胸壁が、新しい石で組んである。3年前に焼けた場所だ。組み直した手が、下手だった。面が揃っていない。
それでいて、頑丈だった。
「グレイグ殿の図面で、積みました」
ジークハルトが、後ろでそう言った。
「図面だけ残っておりました。積む者が、足りませんでした」
「誰が積んだ?」
「わたしと、大学の学生42人と、……聖国から来た、47名です」
47は、23年前に202人の中にいた者だ。名を呼ばれて、正典騎士から抜けた連中だ。抜けた先が無いので、ここで石を積んでいる。
積み方が下手なのは、そのせいだった。
「ゼノ殿。1つ、伺ってよろしいですか」
「訊け」
「あなたは、また行かれるのですか」
「行く」
この男は、訊いたあとで、必ず一度、視線を落とす。それから、次を訊く。
「……どちらへ」
「上だ。……砂の、もっと上がある」
ジークハルトは、頭を下げてから、こう言った。
「わたしは、行けません」
「訊いてねえよ?」
「はい。……申し上げておきたかったのです。ここに残る者が、何をするかを」
その後ろから、ユーリカが出てきた。
兄の背中を1度、掌で叩いた。音が、軽くなかった。
「兄さん、それ、今日で3回目」
「……3回目か」
「うん。同じことを、同じ順番で言ってる」
俺は、胸壁に凭れた。
背中の石が、まだ温かい。日が当たっていた面だ。3年前、ここが焼けたとき、俺は丘の向こうにいた。外から、上が落ちるのを見ていた。
今日は、上に立っている。
「ゼノ様」
リィナが、階段を上がってきた。
俺の横に立って、懐に手を入れた。出したのは、9番の札だ。あれから、この娘がずっと持っていた。
差し出された。
「返すのか?」
「いいえ。見せただけです」
「……なんでだ」
「持っているのを、忘れられると困りますので」
俺は、その札を見て、受け取らなかった。受け取らないと、リィナが、また同じことをする。忘れた頃に、また、これを見せに来る。
その方が、こっちは楽だった。
「持っとけ」
「持っています」
「上へは、あんたも来い」
「……はい」
返事が、半拍遅れた。
驚いている。この娘は、驚くと、返事の前に1度息を吸う。4年半前、王都の門の外で、名を訊かれたときも同じだった。
「断ると思ったのか」
「いえ。……連れて行っていただけないと、思っていました」
「錨は、もう要らねえ」
「痛いのは、慣れました」
「今度は、前に立ってもらう」
砦の下で、明かりが1つずつ増えていった。
夜の見張りが、順に火を入れている。3年前は、この壁に明かりが無かった。無いところで、俺は井戸の底へ降りた。
いまは、19ある。数えたのは、癖だ。
俺は、懐から、砂の中で拾った紙を出した。
3枚だ。1枚目に、魔界の村の名がある。2枚目と3枚目は、まだ読んでいない。読めば、そこへ行く用ができる。
用は、もう1つある。
10枚目の11行目が、伸びている。
上から差し込むように書く手だ。21年前、俺を落とした連中の、上にいる。そいつは、まだ俺の名を1行も持っていない。
持たせるつもりも、ねえ。




