第249話 拾いません
8日目の朝、村の西に、300人ほどが立っておりました。
武装しております。ただし、隊の形ではございません。前の者と後ろの者の間が、まちまちに空いております。歩いてきた順のままの空き方でございました。
指揮する者が、いない集まりでございます。
わたしは、麦袋の上に立って、頭数を改めました。
四半刻かかりました。途中で2度、数が増えたのでございます。後ろから追いついた者でございました。
312。
先頭の男に、見覚えがございました。
左の頬に、古い切り傷。前魔王の代に、南の関を預かっておりました。名を、ドレクと申します。21年前、我が君が落ちられた月に、残党の生存派へ回った者でございます。
21年、一度も、こちらへ顔を出しておりません。
「ヴェルナ殿」
「ドレク殿。……その人数で、何をなさりに」
「決めに来た」
「何をでございますか?」
「どっちに数えられるかだ」
わたしは、少し黙りました。
この男の言い方が、上の言い方でございました。数えられる側に立つ、という言い方を、この界の者は、3年前までいたしませんでした。
いまは、皆がそう申します。
「上が、崩れましてございます」
「知っている。砂が降った」
「では、数える者は、もうおりません」
「だから来た」
「……と、仰いますと」
「誰も数えねえなら、俺たちは、どこにも入ってねえことになる」
後ろの312は、動きませんでした。
わたしは、麦袋の上から見ておりました。剣の柄に手を掛けている者が、11人。残りは、両手が空いております。
その手を、みな、腹の前で組んでおりました。
我が君は、そのとき、火の前におられました。
出てこられません。わたしが呼びに参りましても、脇腹を押さえたまま、こう仰いました。
「あんたが決めろ」
「わたしが、でございますか」
「俺が出ていったら、あいつら、俺に決めてもらう気になる」
わたしは、火の前で、しばらく立っておりました。
21年、こういう場面で、わたしが決めたことはございませんでした。決めるのは、前の魔王でございました。前の魔王が落ちてからは、決めずに済む形だけを選んでまいりました。
決めなければ、間違えませんので。
「我が君」
「なんだ」
「もし、わたしが誤りましたら」
「誤れ」
わたしは、袋の上へ戻って、ドレク殿を見下ろしました。この男は、21年、300人を食わせてまいりました。そういう者は、食わせた数を覚えております。
覚えている者の目でございました。
「ドレク殿。新しい帳面が、1冊ございます」
「上の分か」
「はい。……ですが、そちらには、お入りいただきません」
ドレク殿の眉が、上がりました。
「入れねえのか」
「入れません。あれは、上を数えるための帳でございます」
「では、俺たちはどこに入る」
「どこにも、お入りいただきません」
312が、初めて、ざわめきました。
後ろの方からでございます。後ろの者ほど、若うございました。21年の前を知りません。そういう者にとって、数に入らないというのは、捨てられるという意味でございます。
わたしは、声を張りました。
「入らずに、いてくださいませ」
「……何だと」
「数に入らぬものは、誰の物でもございません。誰の物でもないものは、拾った者の物になります。21年、そう仰ってまいりました」
「そうだ」
「わたしは、拾いません」
ドレク殿が、そこで、口を開けました。
何も、仰いませんでした。21年、この男は、拾われる算段だけを立ててきたのでございましょう。武力派に拾われるか、策略派に拾われるか、上に拾われるか。
拾わないと言われたのは、ドレク殿には、今日が初めてでございましょう。
「……なら、俺たちは、何になる」
「朝に起きて、麦を運んでいただきます」
「それだけか?」
「はい。……300人分の袋が、こちらに残っておりますので」
後ろの若い者が、1人、笑いました。
慌てて口を押さえましたが、肩が上下しております。その者の隣が、それを見て、また笑いました。
312のうち、40人ほどが、笑いました。
ドレク殿は、笑いませんでした。
剣を外して、地面に置いて、こう仰いました。
「あんた、それを自分で決めたのか」
「はい」
「あの方は、何と」
「誤れ、と」
わたしは、その日、袋の上から降りたあと、少し手が震えておりました。
怖かったのではございません。21年ぶりに、間違えられる立場に戻ったのでございます。
「承知いたしました」
声に出しかけて、飲み込みました。




