第245話 骨の筆
先に撃ったのは、向こうだった。
右からだ。言った通りに、右から先に抜いた。闇が、砂を割らずに、真っ直ぐ来た。この界の物を壊さないように出している。
俺だけを、狙っている。当てても、この界には傷が残らない撃ち方だ。
俺は、6枚のうち3枚を、前へ倒した。その3枚で受けて、3枚は手元に置いた。闇と闇がぶつかって、音が出なかった。同じ組み方同士だ。
同じ形は、相殺する。300年、俺はそれを利用する側にいた。今日は、される側だ。
相殺した分だけ、こっちの枚数が減った。
向こうも減っている。6枚のうち3枚が消えて、3枚になった。同じ数だけ減るなら、これは、いつまでも終わらない。
向こうも、それを分かっている。
「300年、これで誰かと殴り合ったことあるか?」
そいつが、そう訊いた。
「無えよ」
「俺もだ」
「同じ組み方を持ってる奴が、いなかったからな」
俺は、3枚のうち1枚を崩して、下で覚えた形に組み直した。人間の身体で6枚に届かなかった頃、足りない分を凌ぐために、層の順番を入れ替えた。
2枚目と3枚目を、逆にする。
向こうが、それを見た。
初めて、動きが遅れた。知らない形だ。この身体は、21年、砂の上にいた。下で俺が何を覚えたかを、この身体は知らない。
俺は、その遅れへ、闇魔法を差し込んだ。
入ったのは、右の肩だ。
肩の付け根が、砂の方へ落ちた。腕は、途中で止まった。まだ繋がっていたのではない。砂が、腕を支えていた。
砂は、こいつの側だった。
「やるな」
そいつの声だ。
「21年で、そこまで組み替えたか」
「褒めてんじゃねえよ」
「褒めてねえ。……羨ましいだけだ」
俺は、その言葉で、一瞬、手が止まった。その隙に、左が来た。左の闇が、俺の脇腹へ入って、息が半分抜けた。人間の身体は、ここが弱い。300年前の身体なら、肋で止まった。
止まらずに、奥まで入った。
俺は、膝をついた。膝の下で、砂が平らなままだった。俺の重さを、この界は認めていない。だから、沈まない。沈まないということは、踏ん張れないということだ。
足場が、無い。
「あなた」
アステリアが、走った。
止める暇が、無かった。この娘は、翼を畳んだまま走った。その方が速い。21年前、上で運ばれかけた者の走り方だ。
俺と、あれの間に入った。
そいつの4枚が、止まった。
避ける気配ではなかった。撃てないのだ。理由が、顔に出ていた。
困った顔だった。
「……あんた、8番か」
「アステリアです」
「21年前、俺の後ろに並んでた」
「はい。あなた様は、そのとき、振り向きませんでした」
そいつは、答えなかった。
上げていた手を少し下げて、砂の上の自分の足跡を見た。こっちを、見ていなかった。
俺は、その間に、立った。
駆けた。
向かった先は、そいつの正面ではなかった。左の、砂の窪みだ。こいつが最初に踏んだ跡が、そこにある。跡が残るということは、この界が、そこを場所として認めているということだ。
俺は、その窪みに、足を入れた。
足が、初めて沈んだ。
その分、力が入った。俺は4枚を横へ薙いだ。届いた先が、そいつの懐だ。
懐から、筆が1本、落ちた。
骨の筆だった。
アステリアが4202行目を書いたのと、同じ形だ。筆は、砂の上で1度跳ねて、俺の足元まで転がってきた。
俺は、それを拾った。
そいつは、それを止めなかった。
落ちた右腕の方を見たまま、こう言った。
「……早くしろ」




