第243話 砂
砂は、白くなかった。
灰色だ。粒が細かく、握ると指の間から落ちる。その先に、窪みが残らない。踏んだ足跡も、離した瞬間に平らになる。
歩いた分が、後ろに残らない場所だった。
空が、無い。
見上げると、上にも砂がある。落ちてこないのに、ずっと降っているように見える。こちらには、届かない。
天井が、砂でできている。降っているように見えるのは、上の砂も、こちらの砂も、同じ速さで少しずつ崩れているからだった。
「アステリア」
「はい」
「ここは、あんたが運ばれかけた場所か?」
「……違います」
「どう違う」
「わたしが運ばれかけたのは、白い回廊です。ここは、階の道が、身体に残っておりません」
俺は、項に手をやった。
線が2本。2本目の先が、紐に繋がっている。紐は、足元の砂へ潜って、下へ続いていた。
引くと、下から引き返された。手応えが、4202人分にしては軽い。ここまでの距離が、紐を細くしている。
「あなた。紐が」
「ある」
「切れておりません」
「切れてたら、あんたはもう立ってねえ」
俺は、砂の上を歩き始めた。
歩く先は決めていない。目印が、1つも無い。砂しかない場所で方角を決めるのは、阿呆のやることだ。
歩いていると、足の裏の温度が変わった。冷たい砂が続いていたところに、風呂の湯を落とした跡のような、生ぬるい一帯がある。
温かい。
砂の下に、何かある。温かいものが埋まっているのではない。上から読まれ続けているものは、熱を持つ。下の欄でも、そうだった。俺は、そこで膝をついて、砂を掻いた。指2本分の深さから出てきたのは、紙だ。
頁が1枚。裏返しに埋まっていた。
取り上げて、表を見た。
字が並んでいる。縦に、行がある。見覚えのある書式だ。4201行の欄と同じ組み方で、1行目から埋まっている。
上の方の1行を、俺は読んだ。
——魔界。西の領。麦の村。42。
「アステリア。これは」
「……下の欄です」
「4202行のやつか?」
「いえ。……もっと前のものかと」
俺は、砂を、もう1度掻いた。
その下から、また1枚出た。そのまた下からも出た。3枚目を取り上げたところで、砂が崩れて、下の層が見えた。
見える限り、全部、紙だ。層になって、下へ続いている。深いところの色が、少し黄ばんでいた。
砂ではなかった。
細かくなった紙だ。何百年か、何千年か、書かれて、読まれて、磨り減った頁が、ここに積んである。踏んでも跡が残らないのは、跡を残す紙が、もう繊維を失っているからだ。
俺は、その上に立っていた。
「あなた」
アステリアの声が、細くなった。
「これは、全部」
「欄だな」
「……いくつあるのですか」
「数えるな」
言ってから、自分でも意外だった。数えろと言う場面のはずだ。数えて、何人分あるか出して、それを下へ持って帰る。それが、俺のやってきたことだ。
今日は、そうならなかった。
数えると、この砂が数になる。
数になったものは、誰の物でもなくなって、拾った者の物になる。上の連中が、21年、俺にそう教えた。
その通りにやるのは、こっちが上になるということだ。
俺は、3枚の紙を懐に入れて、顔を上げた。砂の平らなところに、影が1つ立っていた。
距離は、200歩ほどだ。背の高さは、俺と同じくらいに見える。動かずに、こちらを向いていた。
立ち方を、俺は知っている。
右の肩が、わずかに前に出る。右手で先に抜く癖のある者の立ち方だ。俺は、300年、その立ち方で戦った。
俺の身体だった。
アステリアが、俺の袖を掴んだ。
この娘は、俺の顔とあれの顔を見比べていた。見比べられるということは、向こうの顔が、この距離で見えているということだ。その上で、掴む方を間違えなかった。
「あなた。あちらは」
「……俺だ」
影が、歩き出した。
砂の上を、こちらへ向かって。足跡が、残っていた。




