↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
240/300

第240話 20年前の、下の帳面

梁の上から見ると、80人は、綺麗に並んでおりました。


6列です。前の2列が盾、後ろの4列が槍。並び方に乱れがありません。23年、同じ場所で同じ順に立ってきた者の並び方です。


わたしは、そういう並びを、崩す方の仕事をしておりました。



崩し方は、3つあります。


1つ目は、いちばん後ろの端を落とすこと。2つ目は、前の列の足元へ物を転がすこと。3つ目は、誰か1人の名を呼ぶことです。


3つ目が、いちばんよく効きます。名を呼ばれた者は、必ず一度、こちらを見ますので。


今日は、3つ目が使えません。


「シャルさん」


下から、ミルカさんが梁を見上げました。


「聞こえますか?」


「聞こえます。……声を張らないでください。あの列の3列目に、耳のいい者がおります」


「どうして分かるのですか?」


「顔の向きです。1人だけ、盾の方を見ていません」



聖堂の扉が、内側から開きました。


開けたのは、ベルクハルトという正典騎士です。さきほど、剣の柄から手を離した方です。この人が開けたので、外の80人は、最初の6歩を踏み出しませんでした。


味方が開けた扉には、突っ込めません。


ジークハルト様が、扉の真ん中に立ちました。


その横に、40過ぎの写字生が1人。エイドリク様です。手に、帳面を1冊持っておられます。


表紙が、黴で黒くなっていました。


「——23年前の、下の帳面でございます」


エイドリク様が、そう仰いました。


「ラント殿が上の欄へ書きました202人は、みな、この帳面に載っております。わたくしが写しましたのは、そのうちの1行だけでございます」



前の列が、動きませんでした。


命令を待っているのではありません。待つ者は、足の裏を動かします。この80人は、足の裏も動かしませんでした。


聞こえていないのだと思いました。



エイドリク様が、帳面を開いて、指で行を押さえて、読み始められました。


「——髪の赤い、7つの娘。ミナ」


「——足の遅い、11の男。コル」


「——右の耳が無い、9つの娘。ティラ」



3人目で、3列目の端が、1歩ずれました。


槍を持った女です。兜を被っています。背は、わたしより少し高い。右の耳のところで、兜の形が変わっておりました。


内側に、空きを作ってある兜です。


わたしは、矢をつがえるのをやめました。


この列の崩れる形が、戦の崩れ方ではありませんでした。戦で崩れる列は、外側から欠けます。この列は、真ん中から歪みました。


その場所の者が、みな、耳か、手か、足を押さえておりました。



「ティラ」


エイドリク様が、もう1度、その名を呼ばれました。


槍の女が、兜を取りました。顔は、30を少し過ぎた年です。右の耳が、ありません。傷は古く、塞がっております。


「……その名は」


「あなた様のお名前でございます。23年前、この帳面に載ったお名前でございます」



「わたしは、正典騎士だ」


「はい。23年前は、9つの娘でございました」


「そんな話は」


「聞いておられぬはずです。……あなた様は、渡された側から、渡す側へ、置き直されました」



列の真ん中から、金物の音が続けて上がりました。


槍が3本、石の上に落ちた音です。3人とも後ろの列で、誰も拾いませんでした。


それを見て、前の列の盾が、初めて下がりました。


わたしは、梁の上で、少し身体をずらしました。


この場が終わるかどうかを、見極めるためです。終わる場では、人が下を向きます。終わらない場では、人が誰か1人を見ます。


80人のうち、21人が、いちばん前の男を見ておりました。



いちばん前の男は、兜を取らずに、剣を抜きました。刃に、錆(さび)がありません。23年、毎日研(と)いでいた刃です。研ぐ者は、使うつもりがある者です。


「——読むな」



いちばん前の男の声です。


「読まれると、23年が無くなる」


エイドリク様は、頁から指を離さずに、そのまま次の行へ移られました。


「——右の掌に、生まれつきの痣(あざ)。14の男。ハウル」



いちばん前の男の剣が、途中で止まりました。


それから、その手が開きました。右の掌に、黒い痣があります。指の付け根から手首まで、斜めに1本。


男は、自分の掌を、しばらく見ておりました。



「……俺は、読まれた方か?」


「左様でございます」


「23年、俺は、この書を守っていた」


「はい」


「守っていたものが、俺を数えた帳か?」



エイドリク様は、初めて頁から目を上げて、こう仰いました。


「わたくしも、23年、それを書いた手で、ご飯をいただいてまいりました」



矢を、わたしは結局、放ちませんでした。


梁の上で膝を抱えて、下を見ました。80人のうち、立っているのは、まだ40人ほどおります。座り込んだ者が、20人。


残りの20人は、膝をついて、名を呼ばれるのを待っておりました。



ジークハルト様が、扉の外へ1歩出て、いつものように、深く頭を下げられました。その背中を、わたしは梁の上から見ておりました。この方の肩甲骨は、頭を下げると、左右で高さが違います。


昔、左の肩を折ったまま繋いだ形です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。