↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
231/300

第231話 麦の山

落ちてくる場所は、麦の山と決めておきました。


広場の東の端に、搗(つ)いた麦が積んであります。204人を受けたときに、村の人が下敷き用に積んだものです。使わずに済んだので、そのまま残っていました。


わたしは、そこへ全員を寄せました。



「上を見ていてください。落ちてきたら、押さえます」


「押さえるって、どこをだ?」


「足です。……頭からは、無理です」



グラン様に、そう申し上げました。


この方は、右腕が動きません。右腕を垂らしたまま、麦の山の縁に立っておられました。砦の門に立つ立ち方です。


「お前、あれの落ち方を知っとるのか?」


「知りません。……初めてです」



空の穴が、閉じかけていました。


その縁から、黒いものが1つ、抜けてきて、そのまま真っ直ぐ落ちてきます。


大きさが、2つ分ありました。


アステリア様を、抱えておられました。


腕の中に、翼が畳まれずに片方だけ出ています。あの方は、いつも右の翼だけ畳み損ねます。


わたしは、そこで走りました。



麦の山へ落ちました。


音が、低かったです。麦は、水よりもよく受け止めます。その分だけ粉が上がって、広場に立っていた4202人の頭の上へ、一斉に降りました。


全員、白くなりました。


グラン様が、咳(せき)をされました。左手で目をこすって、それから、こう仰いました。


「……麦倉が1つ、無駄になったな」


「無駄ではありません」


「食えんだろう、これは?」


「食べられます。……あとで、篩(ふるい)にかけます」



麦の山の中から、腕が1本出ました。その腕が、翼を先に押し上げました。アステリア様が、麦の中から座った形で出てこられました。


髪にも、翼にも、麦がついています。



「アステリア様。お怪我は?」


「……ありません。麦が、口に入りました」


「出してください」


「はい」



あの方は、そこで、麦を3粒、手のひらへ出されました。


それを、じっと見ておられました。


「わたし、いま、物を食べました」


「食べていません。口に入っただけです」


「18年ぶりです」


「……そうですか」



わたしは、それ以上、何も申し上げませんでした。


この方は、麦の粒を3つ、まだ手に持っておられました。捨てずに握って、その手を膝の上に置かれました。



次に、ゼノ様が出てこられました。


出てこられ方が、不格好(ぶかっこう)です。背中から入られたので、足の方が先に出ました。その足を、村の人が2人がかりで引くと、頭が出ました。



髪が、真っ白でした。


麦の粉です。いつも黒い髪の方が、粉で白くなっておられました。目のところだけ、粉が飛んで黒いままです。


わたしは、それを見ました。



見て、笑ってしまいました。


笑うつもりはありませんでした。6日走って、谷で棒を折って、ここまで戻ってきて、それで最初にしたことが、笑うことでした。


止まりませんでした。


「何がおかしい」


「いえ」


ゼノ様が、髪を1度、手で払われて、粉が肩へ落ちました。


「顔に何かついてんのか?」


「……ついています」


「拭け」


「嫌です」



ゼノ様は、手を止めて、わたしの顔を見られました。それから、自分の手の甲で、目の下を1度だけこすられました。こすった場所だけ、黒が広がりました。


余計に、おかしくなりました。



グラン様が、後ろで、大きい声を出されました。


「おい。羊を4頭潰したのは、朝だぞ」


「4頭もか?」


「倅が200人連れてきたからだ。……お前の分は、無い」


「要らねえ」


「言うと思ったから、取ってある」



わたしは、麦の山の縁に座って、ゼノ様の懐から出ている紙の端を見ました。小さい紙です。掌に乗るほどの大きさで、少し黄(き)ばんでいます。


その紙のことは、まだ伺いませんでした。



いま伺うと、この方は仕事の話を始めて、麦の粉を落とす前に、次の場所へ歩き出されます。2年、ずっとそうでした。


今日は、座っておられます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。