第228話 トウル
落ちてまいりましたのは、昼を少し過ぎた頃でございます。
空の裂け目から、最初に落ちてまいりましたのは、白い板でございました。それが、麦倉の屋根に当たって、跳ねて、藁の上へ転がりました。
わたしは、それを拾いました。
字が彫ってございます。
——魔界。東の領。溜り村。
板を拾いました手が、少し震えました。
この村の名が、上の棚に彫られておりました。棚に村の名を彫るというのは、そこから出す品が続くという意味でございます。
次に、人が落ちてまいりました。
1人ではございません。人数を改めます暇がございませんでした。麦倉の前の広場へ、上から、順に、人が落ちてまいります。
落ち方が、荷の落ち方でございました。
「受けろ」
そう仰いましたのは、ドラン様でございます。
49の男でございます。背は高くございませんが、肩の後ろが厚うございます。20年、鍬を振ってこられた方の背でございます。
「腕を出せ。1人に3人でかかれ」
村の者が、走りました。
書いた者も、書かなかった者も、落ちてくる者の下へ走り込みました。その腕で、10人ほどが受け止められました。
受け止めた者の首に、線が2本、入りました。
わたしは、それを見ておりました。
帳面を開いて、筆を持ちました。それから、自分の項へ触れました。2本ございます。
わたしには、もう書けません。
「ネフィス様。数えてくださいませんか」
そう仰いましたのは、村の女でございます。
「何を、数えますか?」
「受けた数です。……漏らしたら、下の石で死にます」
わたしは、数えました。
38。60。112。声に出します間に、落ちてくる速さが上がりました。上で、我が主が板を投げておられます。
1枚投げますごとに、線が1本消えて、区切りの中の者が落ちます。
166まで参りましたところで、村の腕が足りなくなりました。
受け手が、35人しかおりません。1人に3人でかかっておりますと、11人分で手が塞がります。
そこへ、西から人が参りました。
ヴェルナ様の列でございます。
西から4日かけて歩いてこられた1400人のうち、足の利く400人を先に寄越されたと、ヴェルナ様が仰いました。
「我が君のご命令でございますか」
「いいえ。……わたくしが、決めましてございます」
400人が、広場の外側に、輪になって並びました。
そして、腕を上げました。その上へ、残りの38人が落ちてまいりました。
最後の1人が落ちましたのは、日の傾く頃でございます。
204、揃いましてございます。
ドラン様は、受け手には入っておられませんでした。
広場の端に立って、落ちてくる者の顔を、1人ずつ見ておられました。
166人目まで、動かれませんでした。
167人目のところで、走られました。
受け手を押しのけて、自分の腕を出されました。そこへ、若い男が落ちました。
20ほどの男でございます。痩せております。6年前に14でございましたので、数だけは合います。目が開いたままで、動きません。
ドラン様は、その男を地面へ下ろして、首の後ろを見られました。線が2本ございます。それから、男の左手を取って、掌を上へ返されました。
掌に、鍬の胼胝がございました。
「トウル」
その名は、3日前から、わたしの帳面に載ってございます。
板に炭で書かれた3文字を、ドラン様がわたしの帳面へ写されました。そのときに、この方は、こう仰いました。
——倅は、6年前の冬に、東で死んだ。14だった。
ドラン様は、その冬、倅を探しに谷へ下りられました。
谷の下に、38人おりました。38人とも、骨でございました。どれが倅であるかは分かりませんでしたので、村は、いない者は死んだものとして数えてまいりました。
その38の中に、この方の倅も数えられておりました。
「……骨は、38あった。数えた」
「ございました」
「なら、これは何だ?」
「品でございます」
わたしは、そう申し上げてから、言い方を間違えたと気づきました。この方の腕の中にあるものを、品と呼ぶ場面ではございませんでした。
ドラン様は、怒られませんでした。
倅の首の後ろへ指を当てて、線をなぞられました。上から下へ、2本。なぞり終えてから、こう仰いました。
「わしの首にも、2本ある」
「ございます」
「同じ欄か?」
「同じ欄でございます」
わたしは、帳面を閉じました。
閉じましたのは、書くことが決まったからではございません。書けないからでございます。
わたしの線は、2本で打ち止めでございます。
受け取った者の首に、線が2本ずつ増えました。この村は、今日、書いた者も書かなかった者も、同じ欄に入りましてございます。




