第227話 証が7つ
札を外した瞬間に、床が鳴った。
足元の線だ。縦に引いてある白い線が、いっせいに端まで走って、棚の手前で1点に集まった。そこに、字が浮いた。
——出庫。
6つが、その字の向こうに立っていた。
2番から7番までだ。1番は下にいる。8番は名を思い出して、下の欄の4201行目に入った。
残った6つは、どれも本を持っていない。
「9番目」
先頭の1つが、そう言った。
「棚の品を、お持ち出しになりますか」
「持ち出す」
「出庫には、証が7つ要ります」
18年、俺はこの棚に掛かっていた。そのときには、証を7つ揃えたのだろう。7人で押して、1つ落とした。
今日は、6つしかいない。
「あんたらで6つだ。あと1つは、どこから持ってくる?」
「9番目の座にございます」
「俺か」
「9番目の座にも、押す権がございます。……同輩でございますので」
俺は、掌を開きかけた。
やめた。6枚を振る場面ではない。この連中は、押せと言っている。押せば通って、品が出る。
罠だ。
「ネフィスなら、ここで筆を止める」
「……何と仰いました」
「こっちの話だ」
俺は、床の字を、もう1度読んだ。
——出庫。
出庫には、出す先が要る。荷を出して、受け取る者がいなければ、荷は途中で止まる。セレスティアが、そう言っていた。渡す者と、受け取る者の両方が要る、と。
上に、受け取る者はいない。
「出した先は、どこになる?」
「9番目の欄でございます」
「俺の欄は、下だ」
「はい。……ですので、欄ごと、下に置かれることになります」
そこで、繋がった。
こいつらは、俺に9番目を下へ落とさせたい。18年前から、ずっとそれを言っている。落とせば上は閉じて、外の数は数えなくてよくなる。
「閉じてえんだな」
「閉じとうございます」
「閉じたあと、この204は、どうなる」
「閉じた帳の外は、こちらの数に入りません」
同じ答えが返るのは、これで2度目だ。
2度とも、同じ言い方だった。数に入らないというのは、放っておくという意味ではない。数に入らないものは、誰の物でもない。誰の物でもないものは、拾った者の物になる。
拾うのは、こいつらだ。
「アステリア」
「はい」
「棚の札を、全部外せ」
翼の娘が、棚へ手を伸ばして、6枚のうち残っていた自分の札を先に外した。それから、隣の空の釘の跡を、指でなぞった。
「あなた。ここには、外す札がありません」
「外れてんのか?」
「はい。……4202、全部、もう外れています」
俺は、そこで口を閉じた。
下で書いた4202人は、この棚から既に、9番目の欄へ出ている。出庫は、9日前に終わっていた。
終わったのに、上は、まだ証を数えている。
「2番。もう出てる分の証は、誰が押した」
「……押されておりません」
「押さずに出たのか?」
「……出ましてございます」
「なら、証は要らねえな」
6つが、黙った。
黙り方が、下で見た8番目と同じだった。答えは、ある。言うと、自分たちの言ってきたことが崩れる。
崩れる順番を、探している。
俺は、待たなかった。
棚へ手を突っ込んで、釘ごと、板を引き剥がした。板の裏に、字が彫ってある。掛けた者の署名だ。
7つ並んでいる。
いちばん端の1つを、俺は知っていた。
削られている。名が削られて、代わりに、線が1本、横に引いてあった。18年前に、この署名を削った者がいる。
削ったのは、峠の祠にいた女だ。膝から下が岩になって、18年、俺の落ちる先を押さえていた。
「セレスティアだな」
「左様でございます」
「こいつが削ったから、あんたらは6つになった」
「……以来、7つに戻っておりません」
「なら、18年前から、証は7つ揃ってねえ」
俺は、板を床へ投げた。
板が、線の上で1度跳ねて、縦の線を1本、消した。その区切りの中にいた者が、膝から落ちて、咳をした。
40くらいの女だ。左目の下に、黒子がある。顔を上げて、白い床を見て、それから自分の手を見た。掌に、麦を搗いた者の皮がある。
この女の名を、俺は内側に持っている。東で線を飲んだときに、年も、住んだ場所も、一緒に入ってきた。




