第223話 道を開けろ
「1番。条件を出す」
「伺います」
「9番目の欄は、下に置いたままにする。上は7つで開けておけ。……閉じさせねえ」
「それでは、帳が終わりません」
「終わらせる必要が、どこにある?」
1番は、しばらく答えなかった。迷っているのではない。並べ替えているだけだ。
階の下の段から、土の上へ足を下ろした。足は、土に沈まない。重さの無いものが、この界の土の上に立っている。
それから、口を開いた。
「……終わらぬ帳は、数を無限に抱えます。抱えた分だけ、こちらの座が要ります。座は9つで打ち止めとなります」
「増やせ」
「増やせません」
「なんでだ?」
「9は、器の数と定められております」
俺は、その言い方に、聞き覚えがあった。
8番目が、同じことを言った。欄の広さは器で決まる。器は増えない。だから、こいつらは18年、俺の分の1つを探し続けた。
器が増えないなら、器の外に置けばいい。
「なら、10個目を、下に作る」
「……前例が」
「作る。2度目だ」
1番の手が、上がった。
それを、俺は初めて見た。この者たちは、手を使わず、口で済ませてきた。口で足りない場面が、今日、初めて来た。
上がった手の先に、頁が1枚、浮いた。
9枚目だ。
俺の欄だ。4201行が載って、下に3寸だけ白を残した紙だ。俺の懐にあるはずのものが、20歩先の、白い手の上にある。
俺は、懐へ手を入れた。
紙は、そこにあった。
「……2枚あるな」
「1枚となります。あなたのお持ちのものが、こちらにも見えております。……欄は、上にありますので」
「俺が持ってんのは、何だ」
「写しとなります」
俺は、笑った。
9日、俺は写しを抱えて歩いていた。抱えていた紙の端を裂いて、帯を8つ作った。その帯で、7本の棒が折れた。
写しで折れたなら、写しにも力はある。
「読み上げます」
1番が、そう言った。
「9番目の欄、4201行。……1行目、ロウグ村、ケイ、6つ」
後ろで、音がした。土を打つ、重い音だ。
振り返らなくても分かる。倒れた音だ。1人きりの音ではなかった。火の周りから、順に、続けて落ちている。
俺は、そこで初めて振り返った。
火の周りに座っていた者が、7人、前へ倒れていた。
倒れた者の項に、線が上から引かれ始めている。3本目だ。2本で打ち止めのはずの線が、3本目に入っていた。
打ち止めは、下の作法だった。上には、上の作法がある。
「2行目、ロウグ村、マイ、31」
俺は、掌を開いた。
6枚を、真横へ振った。極級だ。闇が地面を抉って、20歩を一息で渡った。
その先で、闇の穂先が止まった。
1番の手前1歩だ。
そこから先へ、闇が進まない。防がれたのではない。進む先が無い。1番の立っている場所は、土の上ではなかった。
階の、いちばん下の段だった。
「3行目、ロウグ村、トラ、40と——」
「エレイ」
俺は、読み上げの上から、名を1つ被せた。
膝から下が岩の者が、岩を引きずって出てきて、1番の正面に立って、こう言った。
「1番。自分は、4201行目です」
「……8番」
「番号じゃありません」
1番の読み上げが、止まった。
順番が狂った。この者たちは、1行目から順に読んで、最後の行へ行き着く。最後の行が、自分の口で答えを返してきた。
答える行は、読めない。
俺は、その隙に、6枚を組み直して、階の方へ向けた。狙うのは、1番の足元だ。この者が土に立てないなら、立っている段を落とせばいい。
闇を、階のいちばん下の段へ入れた。
段が、音も立てずに抜けた。
そこから、1番の身体が半分、土へ落ちた。白いものが、初めて、沈んだ。
その足首を、後ろから、誰かが掴んだ。
掴んだのは、リィナだった。3日前に南の谷から戻って、あれから一度も靴を脱いでいない足だ。
谷から持ち帰った折れた棒を、両手で持っている。それを、1番の脇腹へ、下から押し込んだ。
穴の通った断面の方からだ。
「これは、あなた方の道具です」
「……お離し願います」
「道具は、戻らないと聞きました」
1番の脇腹から、白い粉が落ちた。
粉は、土に触れて、消えた。その分だけ、この者の輪郭が薄くなった。俺は、そこへ歩いた。
20歩を、歩いて詰めた。
1番の胸倉を掴んだ。
掴めた。重さが無いはずのものに、初めて手応えがあった。こいつは、土に沈んでいる。
「上がる道を、開けろ」
「……お運びいたしかねます」
「運べとは言ってねえ」
歩くのは、こっちだ。




