第222話 1番が降りてきた
9日目の朝に、紙が1枚降りてきた。
前の6枚と、落ち方が違った。これまでのは、風に流されて、斜めに落ちてきた。この1枚は、真っ直ぐ、火の燠の上へ落ちた。
燃えなかった。
俺は、それを拾って、字を見た。3行ある。
——7つでは、閉じられません。
——8番目の座に、名を1つ、頂戴いたします。
——そちらの欄の、4201行目より上に、1つだけ、上へ参れる者がおります。
俺は、その3行目を、2度読んだ。
それから、下から順に目で追った。4201行のうち、上へ行ける者は1人だけだという。行ける条件を、上は書いていない。こちらに探させる気だ。
探させる間に、こちらが勝手に見つける。
見つかった。
俺が考えたのではない。横で、翼が動く音がした。
アステリアが、立っていた。
紙を見ていた。この娘は、俺の背より低く、俺の手の中の紙を読むには、上を向くしかない。
上を向いたまま、口を開いた。
「……わたしです」
「なんでだ?」
「わたしは、18年前に、1度、上まで運ばれかけました。運ばれかけた者は、階の道が身体に残ります」
18年前、白い回廊で、アステリアは俺の後ろにいた。品として2つ並べられて、片方だけが落とされた。俺だ。
落とされなかった方は、そのまま上へ行きかけて、途中で返された。
「返されたのは、なぜだ」
「数が、合わなくなったからです。……あなたが落ちた分、1つ余りました」
「余った方が、あんたか」
「わたしです」
ネフィスが、帳面を開いた。
紙を横から覗いて、すぐに閉じた。ネフィスが帳面を閉じるのは、書くことが決まったときだ。今日は、書かずに閉じた。
「我が主。この条は、罠でございます」
「分かってる」
「座に就きますと、欄を持ちます。……欄は、上にございますので」
「18年、上にいるってことか」
「18年では済まぬかと存じます」
俺は、アステリアを見た。
翼の畳み方が、今日も下手だ。右が少し開いている。18年前から、右の翼だけは、きちんと畳めたことがない。
「あんたは、どうしたい?」
娘は、答えなかった。
地面の石を見てから、自分の手を見た。それから、もう1度、紙を見上げた。
「……行けば、上が閉じます」
「閉じたら、どうなる」
「閉じた帳の外は、あちらの数に入りません。……4201人は、読まれなくなります」
俺は、その計算を、頭の中で勘定し直した。
閉じれば、下は安全になる。その代わりに、上は完成する。その帳は、次の20年、同じことをやる。今度は、この娘が数える側で。
「そっちにとっては、良い話だな」
「はい」
「あんた、行く気だろう」
「……行きません」
俺は、少し驚いた。
アステリアは、18年、上へ行くために生きてきた。運ばれかけて返された者が、もう1度呼ばれている。呼ばれたら行く、と思っていた。
「なんでだ?」
「7日前に、あなたが、断りました」
「俺が断ったのは、運ばれる方だ。あんたが座に就くのとは、別だ」
「同じです」
「どこがだ」
娘が、そこで、初めて俺の目を見て、言った。
「運ばれるのも、就くのも、行った先で、わたしがわたしのものでなくなります。……それは、荷です」
同じことを、リィナが先に言っている。
3日前の夜、火の前で、アステリアはそれを面と向かって言われた。たった3日で、それを自分の口から出している。
「あの言い方を、覚えてたのか」
「はい。……悔しかったので」
空が、鳴った。
裂け目が、また開いた。今度は紙ではなく、階が1本、下りてきた。その先が、俺たちの立っている場所から20歩だ。
階の下の段に、白いものが1つ、立っていた。
本を持っていない。
この者は、数える者ではない。俺は、この立ち方を知っている。18年前の白い場所で、6つ並んだ先頭にいた。
「1番か」
「はい」
「自分で降りてきたな」
「降りました。……名は、削っておりません」
俺は、掌に6枚を乗せた。
乗せながら、頭の別のところで勘定していた。名を削らずに降りた者は、座を持ったまま下にいる。座を持ったまま下にいられるなら、俺が上がる必要は無い。
……いや、逆だ。
「1番。あんた、座を持ったまま、ここにいるな」
「おります」
「どうやった」
「……9番目の欄を、お持ちの方が、下におられますので」
その答えで、話が繋がった。
俺が9番目を持ったまま下にいる。その前例が、1つできた。前例ができた帳は、同じことを2度目から許す。
こいつは、俺が作った穴から降りてきた。
仕組みは、都合で作る。……作ったのは、今度は、こっちだ。




