第22話 見せてやる
大広間に、127人がいた。貴族議会だ。この国の家という家から、当主か、その代理が出てくる。正面に空の玉座がひとつ。王は病床にある。その斜め下に、近衛騎士団長。反対側に、宰相ダリオン。俺は、扉の外にいた。
中は、既に始まっていた。書類を読み上げる声が、扉越しに漏れてくる。金の額。宿の名前。日付。仲介人の名。全部が、ひとつの名前を指している。エルド・ヴァリス。
俺の隣に、ガイル・ドランが立っていた。その後ろに、縄で縛られた男が座り込んでいる。仲介人だ。昨日の夕方、丘の屋敷の裏で震えているところを、この副長が担いで戻ってきた。
「ゼノ殿」
ガイルが低く言った。
「これは、越権でございます」
「だろうな」
「近衛が議会に人を連れ込めば、団長はわたしを罷免します」
「そうか」
「……いえ」
男は、少し笑った。
「構いません、と申し上げたかった」
俺は、ガイルを少し見た。演習の日、俺に砂の上へ転がされて、砂の上で頭を下げた男だ。俺は特級を目指せと言った。それだけの間柄だ。
(……読み違えてたな)
扉が開いた。俺は中へ入った。
127人が、一斉にこちらを向いた。中央に、エルド・ヴァリスが立たされていた。手枷はない。それが唯一の情けだ。顔が痩せていた。あの日、部屋の中で妹に「よかった」と言った男と、同じ人間には見えなかった。
「何者だ」
誰かが言った。
「議会である。無関係の者は」
「関係ならございます。28人を殺したのは、俺です」
広間が、ざわめいた。ざわめきが引くのを、俺は待った。議長役の老貴族が、咳払いをひとつした。
「……南街区の一件の、下手人か?」
「はい」
「王女殿下の護衛と聞いている」
「そう呼ばれております」
「では貴殿は、第一王子殿下が放った刺客を、討ったということだな」
「違います。あれは、王子の刺客ではありません」
広間が、また揺れた。その揺れの中から、若い声が飛んだ。
「素性も知れん男が、何を根拠に言う!」
俺は声の方を見た。宰相の後ろに、若い男が立っていた。18か、19。仕立てのいい上着。顎が上がっている。目の形が、ダリオンによく似ていた。
「あんた、誰だ」
「ヴィントだ。宰相ダリオンの子である」
(ああ)
なるほど。父親の後ろに立っていることを、自分の位だと思っている顔だ。
「宰相の坊ちゃんか。悪いが、あんたに用はねえ」
「な——」
「黙っていろ」
ダリオンが、初めて口を開いた。息子に向かってではない。俺に向かってでもない。ただ、静かに一言だけ落とした。ヴィントの顔が、赤くなった。それから、白くなった。
議長役の老人が、俺に向き直った。
「ゼノ殿。ご発言は、根拠を伴いますか」
「伴います」
「証拠がおありで?」
「ございません」
広間が、笑った。127人のうち、たぶん30人ほどが笑った。残りは笑わなかった。笑わなかった連中の方が、たちが悪い。あれは、笑う価値もないと思っている顔だ。俺はその笑い声を、しばらく聞いていた。懐かしい光景だ。
「証拠はございません」
俺は繰り返した。
「ですから、証言も取りません」
俺は後ろを振り返った。
「ドランの旦那。連れてきてくれ」
ガイルが、縛られた男を引きずってきた。広間の中央に、放った。男は膝から崩れて、そのまま動かなくなった。
「この男は、仲介人です。南街区の傭兵宿で、28人を集めました。その前の12人も、その前の10人も、この男が集めております」
「では、証言を——」
「取らないと申し上げました」
俺は議長役の老人を見た。
「証言など、いくらでも作れます。俺がこの男を脅したと仰れば、それで終わりでしょう。——皆様は、そのつもりでいらっしゃいますね?」
老人が、口を閉じた。
「ですから、喋らせません。見せます」
俺は仲介人の傍にしゃがみ込んだ。こめかみに、指を当てた。
「あんた、痛くはない。ただ、頭の中を全部、ここにいる127人に見られる。それだけだ」
男が、何か言おうとした。
言い終わる前に、俺は掌を上げた。
1枚。2枚。3枚。4枚。
追想。
◇
——ゼノ様がなさったそれは、魔法ではございませんでした。
わたくしは、そう思いました。大広間の中空に、光が広がったのです。四角く、平らに、天井近くまで。そこに、《《別の部屋が映りました》》。127人が、一斉に椅子を鳴らして立ち上がりました。悲鳴が上がりました。老齢の方が2人、その場で崩れられました。
映っていたのは、南街区の宿の一室でした。仲介人が座っております。向かいに、灰色の外套の男が1人。卓の上に、革の袋。中身は金です。
光の中で、灰色の外套の男が顔を上げた。127人が、その顔を見た。広間の右手、宰相府の席から、椅子が倒れる音がした。
男が1人、立ち上がっていた。50がらみの、痩せた男だ。書記官の服を着ている。その男が、後ずさりした。1歩下がって、机にぶつかって、脚が止まった。
光の中の男と、同じ顔だった。
「——ち、違う。違います。わたくしは、その、閣下の——」
「セルド」
ダリオンの声だった。
書記官が、口を閉じて、宰相を見た。俺はその目を見ていた。あれは、まだ助けてもらえると思っている目だ。
ダリオンが、立ち上がった。
「議長。宰相府より、申し上げます」
「そこにおります書記官セルドは、宰相府の書記官の身で、独断で第一王子殿下の名を騙り、王女殿下に刺客を放ちました」
広間が、静まり返った。
「動機は、おそらく功名でございましょう。エルド殿下が王位に就かれた暁に、自らの位を上げるつもりであったかと存じます。監督不行き届きでございます。わたくしの罪でございます」
男は、深く頭を下げた。いつもの角度だった。
「父上が、頭を下げることなど——」
宰相の後ろで、ヴィントの声が裏返った。誰も、そちらを見なかった。ダリオンも見なかった。若い男は、上げかけた手の置き場をなくして、自分の上着の裾を握った。
俺は、そこで気づいた。この広間の誰ひとり、その話を信じていない。書記官が独断で王子の名を騙る。そんなことができる書記官がいるなら、この国はとっくに滅んでいる。127人全員が、それを知っている。知っていて、全員が乗った。
(……なるほどな)
乗れば、話が終わるからだ。宰相を裁けば、この国の政が半年止まる。書記官1人なら、明日から元通りだ。
書記官セルドは、その場で近衛に引き立てられた。連れ出される直前、男は宰相の方を一度だけ見た。ダリオンは、見なかった。
俺は、光を消した。中空の四角が、上から順に溶けて、消えた。広間には、まだ誰も座っていなかった。
127人が、俺を見ていた。誰ひとり、声を出さなかった。
そして広間の中央に、まだ罪を名乗っていない男が1人、立ったままだった。




